弁証論治の進め方



問診する側の姿勢
問いと答え

別の角度から問う
答えにくい設問
問題解決能力
文字

確かな情報を基礎とする
時系列の問診
風邪や内湿
五臓の弁別
病因病理
弁証論治
目標の一致
治療方針を立てる
検討・検証




問診する側の姿勢



問診をするということは、患者さんの実際の状態を聞くということです。人は仮面をかぶって生きています。治療に際しては、その仮面の奥にある本当のその人の状態に対してアプローチする必要があるため、その実際の状態を聞くためには技術が必要となります。

問診には、問診票に即して項目別に問う方法と、患者さんの自由連想に任せながらそれを誘導するように聞いていく方法とがあります。実際の臨床においては、患者さんの性格にしたがってこの両者を組み合わせながら、その実際の状態を把握しようとしていくわけです。

鍼灸師は問診以外にも患者さんの実際の状態を把握する手段をさまざま持っているわけですから、無理に聞き出したり強引に結論付けることは避け、中途半端なものはそのまま疑問として残しながら、多めの緩みを持たせながら患者さんの状態の大枠を把握します。

以上のことを踏まえたうえで、実際の問診票について検討していきましょう。




問いと答え



問診票はすでに基本的に必要な項目を網羅した形で提供されています。

けれども、問診票に書き込むという行為は、患者さん自身が行うことですので、そこにはその情報が信頼できるか否かというもっとも基本的な問題が横たわることとなります。

そこで、一元流鍼灸術の問診票には、患者さんの姿勢を問うための罠が少しだけ仕掛けてあります。







別の角度から問う

患者さんにもいろいろあるわけで、最初から最後まで、自己イメージを語るだけで実際の自分自身の状況に対してはまったく語ろうともしない人もいます。また、治療家の顔色をうかがって、その歓心を得るような答えを用意してしまう人もいます。そのような作られた答えを基にして論理を組み立てると、あらぬ方向に弁証が向かうこととなります。

そのため、患者さんの言葉に導かれてイメージされる弁証に対して矛盾するような問いを設けて(あるいは表情を作って)さまざまな角度から問いかける必要が生じるわけです。







答えにくい設問

・家庭環境
・遺伝的素因

これらに対する答え方をみることによって、問診全体の信頼性、患者さんの自身の身体に対する注意深さなどを知ることができます。特に突っ込んで聞かねばならないと思われる場合以外は、ここに記載があるかどうかということから、家族との関係の良し悪しを推測します。それが、精神生活における安定性をうかがう端緒となります。

・風邪に関する複雑な問い
・全身状況の良い変化悪い変化を○×で答える

これに対する答え方をみることによって、ひとつは、自分自身の身体に対してどれほど注意を払っているのかということを知ることができます。

また、もう一つは、設問を理解しそれに対して正確に記述する能力をうかがうことができます。







問題解決能力

そもそも女性であれば五枚にわたるあの問診票に答える意欲さえもてない患者さんもいます。それはそれで、治療への意欲、課題に対する解決能力などを、治療家側で判断することができるわけです。







文字

問診票に書き込まれる文字の状態から、その患者さんの全体的なイメージを掴むことができる場合があります。けれども代筆されている場合もありますので、注意が必要です。




確かな情報を基礎とする



問診票の書き方を通し見た上で、その問診票の情報価値を測ります。その上で、確か「そうな」情報を基軸にして弁証論治を組み立てていきます。問診票がまったくあてにできなければ、切診だけで決めることとなります。

問診票で出てくる答えの中で最も確かそうな情報は、

・食後の腹満腹脹は脾虚に属する。
・夜間排尿は腎虚に属する、
・朝に疲れが残るようであれば腎気の損傷が持ち越され悪循環に入っている。
・入眠困難は肝の根の部分(いわゆる肝血)が枝葉(肝気)に対して相対的に充実していない。
・便通や入浴後に疲労感があれば、全体の生命力の虚損を疑う
というあたりです。

さらに、より詳細な分析が必要となりますけれども、月経の状況、二便の状況などは多くの患者さんが答えやすく、弁証の基礎ともなりやすい項目となります。




時系列の問診



問診票は現在の状況を問うことに主眼が置かれています。それに対して、患者さんのこれまでの人生そのものの経過を問うことは、現在をあらしめた基礎を理解するうえで重要なこととなります。

これは、人生において生理的に起こる器の盛衰の流れが、何らかの状況によって遮断されたことがあったのか否か、断絶はどこでどのような状況下で起こったのか、現在の状況が悪化傾向にあるのか緩解傾向にあるのか、断絶は修復されたのか今に尾を引いているのかということを知るために行います。

問診を含め四診は、その時系列の末端である「現在の断面的な状況」を語っているものです。

時系列の問診をする場合、体質の変化が腎気の盛衰に沿って緩やかに流れているか否か、あるいはその相応加減を観察するということが基本になります。

ですから問診をする際には、年齢を考え、腎気が自然に盛んになり、充実し、溢れ、そして衰えていく過程のどこに患者さんが今いるのかを想定しながら、それに沿った症状の出方をしているのかどうかということを確かめるように行うこととなります。




風邪や内湿



問診票では意外と出にくいところがこの風邪の有無、内湿の有無です。これは病態をより強調して表現している部分ですので、四診を駆使して探求していきます。

風邪と内湿とは、日本においては非常に多くみられ、生命力を削ぐものであり、また、症状を強調して表現させる原因となるものです。

ことに風邪に関しては、実は患者さんが気がついていない場合が多いため、切診によってその有無を判断する必要が出てきます。これは、太淵・列缺・肺兪・風門の発汗や冷え緩みなどで判断します。

内湿は、便通の状態がヒントになります。また、雨天や梅雨時に全身状態が悪化するか否かということも、内湿の有無を判断する基となります。




五臓の弁別



四診を合参して、臓腑経絡学および症状の鑑別診断を駆使し五臓に弁別してみます。これは、東洋医学における過去の積み重ねを利用して、四診を纏め上げてみるという行為です。ここには、これまでの勉強の成果が現れてきます。

五臓の弁別は、四診を通じて得た情報を五行に従って仮に分けてみるという分析的な行いです。




病因病理



病因病理を考えるということは、五臓の弁別を基にしてもう一度、患者さんの器の盛衰に沿って身体状況の変化を眺めなおし、過去および現在の身体状況をもたらしている理由を解説していこうとする行為です。

混沌とした生命そのものとして始まった患者さんの身体に対する眺望を、四診を通じて把握しなおして言葉にし、分析的に五臓に言葉で弁別し、それをもう一度、身心一元の観点から統一的に見直す。このもっとも重要な段階が、病因病理を考えるということです。この際には、「治療家の想定と矛盾している情報」を大切にし、さまざまな角度から見直しながら、時系列にそってきちんと説明できるように考えていきます。

もしどうしても説明しきれなければ、無理に説明することはせず、病因病理の考え方を何本か用意して、仮説として提示しておきます。そうすると、実際に治療していく際に、もう一度病因病理に戻って検討しなおしながら治療の手を進めていくことが容易になります。そして、実際の治療を通じてさらに明確な一本の道筋として病因病理が見えてきます。




弁証論治



病因病理によって患者さんの状態の時系列による変化が明確になります。

患者さんの状態の変化と主訴との関係を引き比べながら、現在の状態を定義することが弁証です。弁証は主訴に対して行います。ここには、主訴と全身状態の変化とが関連しているか否かという鑑別が非常に重要となります。

弁証に対して現在どのようにアプローチしていくのかを決定することが論治になります。

弁証と論治にしたがって、実際の治療方針を決定します。この際、処置を行って起こるべき効果を予測します。患者さんの感受性と術者の力量にしたがって、効果予測は変化します。どのような深さまで安定的に治療の手が入れられるか。この見極めが大切となります。これによって現時点での治療の限界とあるべき治療頻度および養生指導が決まってきます。またあるべき治療の順番もこのあたりを勘案することで決まってきます。

基本的には、この全過程が初診の時に一気に行われる必要があります。書き出すことが無理でも、書いていく訓練をしていくと、実際の臨床にあたってしっかりとした大枠を把握することがいわば本能的にできるようになってきます。

そしてここからが始まり、臨床の出発点となるわけです。




目標の一致



患者さんとしては、一時的な手の痛みが取れればそれで満足なのに、治療者はそこにはぜんぜん触れてくれずに、腰や腹をいじってばかり。体調は多少よくなった気がするのだけれども、どうしてちゃんと治してくれないのだろうと不満を持つことがあります。

治療する側としては、患者さんの身体としては非常に弱っていて、それを立て直さないと治したとは到底言えないと考えます。そしてこれには時間がかかることが多いものです。

このような場合に必要となるのが、患者さんとの合意の形成です。どこに治療の目標をおいて、どのように身体を立て直していくのかということを、患者さんとともに決めていくわけです。

この場合、主訴の解決がその身心が求めている本当の解決となるのかどうか、患者さんの人生の選択をも含めて深く探求される必要が出てくる場合があります。




治療方針を立てる



治療方針を立てるというのは、弁証論治にしたがって、どのように治療を組 み立てるのかという戦略を練ることです。具体的な経穴はその後の段階 になり、実際の治療として記述されることとなります。

実際の治療にはさまざまアイデアがあります。

・鍼灸に関係する古来からの無数の流派のものを利用する
・現代中医学の概念を応用する
・湯液関係の治療法を勉強してそれを鍼灸に応用する
・手技やカイロや湯液や西洋医学を、治療方針に従いながら使ってい く
・民間療法を試してみて弁証論治に対する効果判定を行ってその民間 療法の東洋医学的な位置づけを行う
・生活習慣の転換のアドバイスをする(養生指導)

などがこれにあたります。

書き上げた弁証論治に沿って、もう一度気一元の観点に立ちなおし、患者さんの身体状況を把握しなおすことによって、これからの治療方針が定まっていくわけです。ここには、治療の頻度と、治療効果のあがり方への見込みが入ってくることもあります。

実際の鍼灸における治療方針を定めるには、治療の順番を決めるということ、理気をするのか補気をするのか、納めて終えるのか散じて終えるのかといった大枠を考えるということでもあります。

治療方針は、主訴と密着していくものとなります。立てた弁証と論治によって、どのようにその主訴が改善されていくのかという道筋を想定しながら記載していくことになります。




検討・検証



病因病理を考え、弁証論治を定めて処置するということは、患者さんの状態をできるだけありのままに捉え、そこに外部からアプローチすることによってより生きやすい状態に持っていく工夫をするための基礎となるものです。

病因病理のところで「もしどうしても説明しきれなければ、無理に説明することはせず、病因病理の考え方を何本か用意して、仮説として提示しておきます。そうすると、実際に治療していく際に、病因病理を再検討する形で手を進めやすくなります。」と述べたように、治療において、弁証論治を大切にし病因病理を再検討するかたちで手を進めていくようにすると、さらに正確な病因病理がみえ、患者さんの身体の変化が手に取るように理解できるようになってきます。

このフィードバックがおろそかになったり、弁証論治はたてたけれどそれに従わずに適当に治療していくと、迷いが深くなり、小手先の治療でお茶を濁すことしかできなくなります。

病因病理を考え、弁証論治をたてるということは、臨床の出発点であり、臨床とは、それにしたがって処置をしていったものをフィードバックして考えていく実戦的な過程となります。



一元流
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