養生ができない弁証論治


養生ができない弁証論治
病因病理:弁証論治




この患者さんは、病因病理をまとめにくい症例の一つとなりました。

その理由は、主訴である『肩甲骨の内側のコリ、特に右側』と、従訴である『糖尿病とそれに伴うだるさ・やる気のなさ』とが関連しているのかいないのかということが判然としていないためです。

一般的には、その生命力の状態に問題があって発症している場合には、その生命力の状態に従って症状が変化します。これに対して外傷などによって発症している場合には、その生命力の状態とは別の問題であると考えます。

この患者さんは、両者が別の問題であると決め付けているにもかかわらず、問診票には両者が混同して書かれている部分がありました。

また、主訴は外傷が原因であることは明確なのですが、長期化しているため、その生命力の状態と現在は関連して来ているのではないかという可能性も考えられます。







十代の学生時代はスポーツをしていて、そのままの食事状態が続き、二十代には暴飲暴食をしていたとご自身で語っているほどなので、その時期に、脾気を痛め腎気をいためて、将来における糖尿病の原因を作ったことが伺わせられますが、もともとの体質がそれほど弱くはなかったのでしょう。体重の増減はありながらも元気に生活をしておりました。

ところが30代終わり、体重は100㌔を超え、仕事においても責任ある立場になるとともに、少しづつ臓腑の衰えが身体に出てきます。それが境界型の糖尿病として現れているわけです。このかすかな警告に従って養生していればその後、本格的な糖尿病になることは避けられたかもしれません。







46歳。追突される事故によって、今回の主訴である『肩甲骨の内側のコリ、特に右側』が発症しています。この病因は明確です。

また、その当時の生活状況が、かなりストレスのたまるものであり、施工先とのトラブル処理のために六年以上にわたって胃潰瘍と十二指腸潰瘍を繰り返していた中で起こった事故でした。

その後も、会社の経営状況がうまく行かなくなり倒産に到るまでの処理も是の後4年間ほども続くことになります。

このようなきついストレス状況の中で、事故の後遺症と共に、ストレスを原因とした糖尿病も悪化していくこととなったわけです。

これは、一般的にいえば、事故による損傷を回復させるための休養をとれないばかりか、それをますます悪化させる方向に向けて、生命力の本体そのものを損傷していくという、生活環境として非常によろしくない。まさに内外ともに崩れていくといった状況、内憂外患が同時にやってきてその生命力を損傷している状態が続いたと言えます。

会社が倒産すると、一区切りがついたのではないかと思われますが、その時にはすでに境界型の糖尿病ではなく生命力の器の損傷を伴う本格的な糖尿病となってしまっていました。







そんな状態で、鍼灸学校に入学することとなるわけですが、ここでの学生生活も、なかなか厳しく、同年代の学生はどんどん辞めていく中で、睡眠時間を削ってがんばっているというのが現状です。

主訴である『肩甲骨の内側のコリ、特に右側』は、昨年から今年はじめにかけて、吸玉と瀉血を繰り返すことによって改善されてきています。これは経絡経筋病の部分が改善されてきているということになるでしょう。

それに対して、ご本人の生命力はどうかというと、入学以来の無理がたたったのか、二年目の冬である今年に3月頃から、『尿切れが悪く尿の色が悪く夜間排尿を自覚(4~5回)』という腎気の損傷が起こっている状態となりました。けれども、慢性的な睡眠不足や食事の不摂生を考えると、ここまでよく身体が保ってきたなぁということの方が感心するレベルであると思います。

その後、今年の5月から2ヶ月ほど、『日本酒を焼酎に代え、炭水化物の摂取を控えた』だけで、口渇がましになり、夜間の排尿もましになって来ていますから、腎気の損傷はまだ深くはなく、節制によって回復する状態であろうという予測がつきます。このあたりから、腎気はもともと非常に丈夫な方であると予測されます。

これほど器が損傷されているのに少しでも節制すると回復してくる腎気を持っているということは、もともとの体質が丈夫でない方には羨ましいことであろうかと。普通こんなに簡単には回復してきませんからねぇ。

けれども器は損傷されていますので、より厳しい継続的な節制が望まれるところです。睡眠時間を充分にとり腎気の充実を図るということと、暴飲暴食をせず間食を避けるて脾気を回復させ湿痰を排除できるようにすることが大切です。自分の身体に甘えて現状の生活を続けていくなら、より深い病態となっていくことは明確です。

また、たとえ鍼灸などの治療を重ねても、節制がなされなければ期待できる効果をあげることはできないでしょう。

この患者さんの予想よりもしっかりしているからだの状況に比して、節制が続かないのはなぜなんだろうと考えると、その否定的な思考の癖に思い至ります。問題の焦点は何かということを摑みその解決策を探りそれを実行するという、淡々とした歩みを、その否定的な思考が遮っているように思われます。このような状態で、身体を痛めつけながらその思考傾向を続けるならば、必ずや脾気の深い損傷を引き起こし、いわゆる肝気の中折れ現象〔注:これは、強くそそり立っている生命力が弱まり、ぐにゃっと折れた感じのイメージです。肝は疏泄を主るという言葉からの類推で出てきております。ちなみに、肝は疏泄を主るというときの疏泄の大本の意味は、射精のことです。〕である鬱状態へと落ち込んでしまう恐れがあります。







   【弁証】脾虚

   【治療方針】

現状では、『肩甲骨の内側のコリ、特に右側』には大きな問題を感じていず、また局所の触診においても大きな問題がないので、この患者さんの生命力を充実させることを優先させることとしました。

事前にいただいた問診では、かなりの実証タイプであると思いましたが、これはただ裏の支えが弱ることによって表に気が浮いている状態です。裏を起てていくことによって表に浮いている気も徐々に裏に還ってきて表裏のバランスが取れてくることとなるでしょう。

   【論治】

脾気を立て、肝気が落ち込むのを先回りして避ける。このため、いわゆる鬱病の処方である神門足三里を使用しています。

また、精神の安定を図り、補気によって生命力を挙げ、鍼の効果を高めるために神闕の附子餅の温灸を用いました。

また、裏に気を集めておくために、左三焦兪と左胃兪を最後に使用し十五分をめどとして置鍼しました。

ただし、脾気の損傷の経過そのものは非常に長いので、ご自身が養生をしっかりされることが大切です。







【初診時の治療効果判定】

脾募の大きな邪を目標にして処置しましたが、半減程度しかしておりません。やはりかなりしつこい脾虚であると考えられます。

継続的な治療と養生とがなければ、この状態からの回復は望めないでしょう。

ご本人は、局所の問題と全身状況とは関連していない別々の病であると断じておられます。けれども、局所の病を治していくのも全身の生命力のうちの一つであるということを考えるならば、いかに主訴が局所の問題であったとしても、全身の状況を抜きにして局所の問題を語ることはできなません。局所の状況が悪化して、肉体的にも精神的にも追い詰められそうな場合にはこの問題解決をより積極的に図る必要があるでしょう。しかし現状のように局所の問題が大きな要素となっていない場合には、ご本人の生命力をあげ、その力で局所の問題を解決できるように図っていくということが、この患者さんの治療の本道であろうと思います。







主訴:問診

時系列の問診

五臓の弁別

病因病理:弁証論治











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