長沙腹診考

心悸


心悸とは、胸が跳りさわぐものです。按ずると、ヒクヒクドキドキとします。

漢書の酷吏伝には「霍光は手を挙げ自ら心を撫でて言いました、私の病はとうとう悸になってしまった。【原注:顔師古註に、悸は心の動くもの、とあります】」と述べられています。

王延寿の魯霊光殿賦には「思いをこらえ続けると、悸を発します。心中が悸し、心下が悸し、臍下が悸します。」と述べられています。悸とは跳り動くことをすべて言っています。

詩に、「容〔訳注:受容して〕であり遂です〔訳注:遂行する〕。その帯の垂れかたは悸のようです【原注:伝に「垂とは、その帯は悸々のようであること」と述べられています】」と述べられています。

煩と悸とではその意味は異なります。


付言

私は悸を診る方法を工夫して、門人に教えています。悸の場合は夜半でも暁〔訳注:明け方〕でも、小便が溜まっているのをこらえ続けることによってなるものです。このことから理解を進めて下さい。

古方には悸の症がたくさんあります。けれども気をつけて診る世医がないのはどうしてなのでしょうか。東洞翁が没して後、腹診の法も絶えてしまってその術が伝わらなかったためです。

医者というものは、万巻の書を読んだとしても、名師に会ってその口伝や秘訣を得ることができなければ、その道に達することはできません。またもし伝授を授かっても、服膺して〔訳注:教えにしっかりと従い〕長年刻苦精究しなければ妙処に至ることはできないものです。

ある書物には、「教えを受けて師の恩に報いるということはどういうことなのでしょうか。師と同じ程度であれば師の徳を半減したにすぎません。師を超えることができて初めて伝授された恩に報いることができたというべきでしょう」《臨済録:行録》と述べられています。



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