長沙腹診考

心気不定


『類聚方』の瀉心湯の条に「心気の不足を「千金方」では不定としています。今これに従います。」と述べられています。けれども村井椿寿はその『方極刪定(ほうぎょくさんてい)』で、心気の不定は心煩であるとして、この説を廃しています。これは東洞翁の意〔訳注:こころ〕を悟らないものであると言えるでしょう。

『薬徴』に「不定とは煩悸のことを述べています。ですから心煩とは言わずに心気不定と述べているのです。」と述べられており、瀉心湯の方意〔訳注:処方の意味〕は語り尽くされています。これは千古の卓識〔訳注:時代を超えた叡智をもった人〕でなければ語ることのできないものです。孟子に「文を以て辞を害せず」とあるのはこのことです。術によって術を理解するのでなければ、方極の妙用を理解することはできません。洞門〔訳注:吉益東洞門下〕の俊秀である村井をして、このような言葉が述べられているわけですから、医道というものがいかに得がたいものであるか理解できるでしょう。

私は以前『方極刪定弁妄』を作り、村井の学弊を正しました。読んでよく理解して下さい。


付言

野洲の天明に十八歳の男子がおりました。常人の三倍食事を摂りるのに、大便は月一二回しかしません。私が診てみると、心中が煩悸して眠りにくい状態でした。瀉心湯を与えて治しました。


東海道の蒲原の駅に木屋某という者がおりました。時に心気が惑乱して、人を罵ったり、感動して泣いたり、座ったまま地中に引き込まれるような感じがしたり、物に驚かさせられたり、気を失ったりしていました。このような症状となって二十年、京師に上り、東都に趣いて、あらゆる治療をしましたが、治ってもまた発症することを繰り返し、難儀して私に診察を依頼されました。診ると、心中煩悸して心下痞もありました。そこで瀉心湯を与えて「長い時間服用すれば病毒を取り除くことができますよ」と告げおきました。それから所々に旅をした帰りに聞いてみると、「その後は発症することはありません。」と喜んでいました。


瀉心湯で奇効を得たものはこの他にもたくさんあります。

〔訳注:心気の〕不定は煩悸ということであると心得ると、処方の応用が広くなります。心煩としてしまうとその応用は狭くなります。学ぶ方は、よく記憶しておいてください。



一元流
東洞流腹診 前ページ 次ページ