長沙腹診考

心中懊悩


懊悩とは憂悶という意味です。懊悔とか懊悩というように連用します。心中が悶え悩むものです。傷寒の後で鬱症を起こしたものに多いものです。なんとなく胸苦しかったり、いつも侘びしかったり、いうにいわれず、泣くに泣けず、わけもなく涙もろくて、胸中に痛みがあります。

遺書に「懊悩は、食傷をおこして吐く前の胸中の状態から理解します。云々」と述べられています。また梔子鼓湯に「虚煩して眠ることができない。激しい場合には寝返りを何回もして心中懊悩する。」と述べられています。また、「煩熱が胸中を窒いで、心中懊悩するもの」は、梔子湯、大陥胸湯、大承気湯の条文にあります。その弁別には三種類あります。心煩云々をして懊悩するものは梔子湯です。結胸云々をして懊悩するものは大陥胸湯ですが、腹堅満云々して懊悩するものは大承気湯です。また、瀉心湯や呉茱萸湯の症にも、胸痛して懊悩に類するものがありますが、これを混同しないようにしてください。梔子湯にはその加減が数方あります。世に懊悩の症状を呈するものは少なくありませんので、よく気をつけて診ます。


付言

年郷に私が昔いたときに、常州の小栗に二十才ほどの婦人がおり、急に胸が痛み、話すことができなくなりました。我慢できないほどの痛みだということでした。いくつかの処方を試しましたが、効果はありませんでしたが、梔子湯一服するだけで痛みはすぐ止まってしまいました。

また野洲の今市の傘屋の十五六才の倅(せがれ)が、気持ちが鬱々して楽しくありません。さまざまな治療を試みても効果がありません。私が診てみると、心煩して眠ることができない状態でしたので、梔子湯を服用させたところ、数ヶ月ほどで完全に治ってしまいました。

この処方で奇効を得たものは、この他にも多くあります。


香鼓の精製法に関しては、『薬徴』に詳しく述べられていますが、簡単な製法を私が紹介しましょう。黒豆を甑(かめ)桶(おけ)でふかしてから人肌になるまで冷まし、陶器に入れて青菜で覆います。二、三日すると黴が出てきますので、取り出して天日に曝します。水を吹きかけて少し湿らせてまた陶器に入れて封をします。そうして四五日してから再度甑で蒸して、天日で乾かしてから用います。



一元流
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