長沙腹診考

項背強急


項背が強ばるというのは、毒が背に着いたものです。『傷寒論』に「項背が強ばること几々(しゅしゅ)。」と述べられており、東洞先生は「急」という一字を補って「几々」を形容されました。几々は『詩経』にあり、注に「短い羽の貌」とあります。飛ぶに飛べず、立ち往生している状態を言っているわけです。項背が強急するものは、拘攣が腹底に沈んで脇下が攣急します。これは葛根湯の腹状です。注意してください。

項は「うなじ」であり、背は「せな」です。背は面に対する言葉で、俗に「うしろ」です。ですから全身の四肢や背の強急は、葛根湯の主治です。

私の友人で、京師の穂井田忠友は、和州の吉野で大きな葛根を採ってきました。その性は自然に生い茂っていて山の背を貫いていたということです。また真葛が風に飄(ひるがえ)るものを裏見の葛の葉というのも、背が緑なので言っているものでしょう。葛根の性が、項背を主治することは明らかです。

『薬徴』に「葛根の主治は項背が強ばることです」と述べられています。『傷寒論』には「項背が強ばる云々、気が上り胸を衝き口噤して〔訳注:口を結んで〕話すことができないものを剛痙とします」と述べられています。『金匱要略』には大承気湯と並んで痙病を治すとあります。痙というのは反る病です。古人は重症の疾患に葛根湯を用いたわけです。けれども後世、風邪や感冒の主薬とだけ考えています。この処方の本意ではありません。千古の遺憾と言わなければならないでしょう。

世にいわゆる癆瘵〔訳注:重症の虚損病〕にこの症がもっとも多いものです。微病をしっかり治療します。項背が強ばるものにはすべて、早めに葛根湯を用いて毒を除きます。そうでなければ種々の変症を発します。癆瘵 肺癰 肺痿さらには乳癰やさまざまな眼科疾患など患います。

古書に「病が膏盲にあるものは治すことができません」と述べられています。軽く考えてはいけません。


付言

華岡青州が乳癌を治療しているのをみると、独嘯庵の『漫遊雑記』に本づいて金瘡の法〔訳注:外科手術〕を用いています。けれども内薬を用いて病根を除くことを理解していません。ただ外の患いだけを治療しているため、その毒は内攻してしばらくすると鬱症を発して死んでしまいます。華岡の治療法は、真の治療法ではありません。嘆かわしいことであります。

私は乳疾を患うものをたくさん診ました。その毒は、項背と少腹にあります。

ですから私が「腹症は治術の本。腹候を理解しなければ、病を治すことはできない。」と述べているのはこのためです。



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