経行吐衄の病因病理






総論



火熱によって気逆となり、その熱が陽絡を傷るというのが、この経 行吐衄の主たる病理となります。しかし、月経に従って周期的に発作がお こるということから考えると、月経時期における衝脉の気の偏盛や患者の 体質とも密接な病理的関係があると考えられます。







月経前あるいは月経時期になると、気血が衝脉に集まり、血海が盛 実となり、衝脉の気も比較的盛んになります。もし、平素より情志が暢び やかでなければ、肝経が郁して化火したり、陰虚による肺燥によって、虚 火が上炎します。また平素より胡椒や生姜などの辛辣な味のものを食べ過 ぎていたり、長期にわたって陽気を助けるような薬物を服用し続けている と、胃中に伏している火が衝脉を擾乱します。『衝脉が熱を得れば、血が 必ず妄行』します。そもそも衝脉は上に突き上げることを主りますから、 火熱は衝脉の気にしたがって上逆し、陽経を犯すことになります。そのた め、血が逆して上に溢れて吐衄の症状を呈することになります。 衝脉は陽明に付きます。衝脉の気が火を挟んで上逆すると、吐血と いった症状が現われることになります。衝脉はその枝のひとつを別絡とし て頏顙〔訳注:頬〕すなわち鼻の後ろに出ます。肺は鼻に開竅します。 もし火が衝脉に伏することになったり、虚火が肺を灼いたり、血が熱に迫 られて上逆すると、衄血となります。また、血は気にしたがって循ります ので、気が熱すると血も熱して妄行します。また、気が逆すると血も逆し て上に溢れます。そのためともに吐衄を呈する原因となります。







このような血熱による気逆は、肝経郁火・陰虚肺燥・胃火熾盛とい った原因で現われることが臨床的には多いものです。




肝経郁火



肝は蔵血を主り血海を主ります。衝脉は血海ですから、肝経が主る ところに属しています。衝脉は時に応じて満ちて溢れることを順〔訳注: 生理的に正常な状態〕とします。もし平素より抑欝が強くて怒りやすく、 肝気が郁結している場合は、その郁結が長期にわたっていることによって 熱を生じ、それが化火して、月経時期、衝脉の気が盛んになってくると、 肝火がその衝脉の気に従って上逆して血に迫り、上に溢れて吐衄といった 症状を引き起こします。またあるいは、郁している怒りによって肝気が傷 られると、その怒りによって気逆がおこり、気逆によって気が動じ血が動 じて、吐血を引き起こします。《伝青主女科》には、『月経前一二日にな ると、突然腹痛し吐血する。人々はそれを見て火熱の極まりであるとする。 しかしこれは肝気が逆しているだけのものであるということを誰か知って いるものがあるであろうか!肝の性質はもっとも急であり、・・・(中 略)・・・逆すれば気が動じ、・・・(中略)・・・気が動ずれば血が動 ずるものである。』と述べられています。




陰虚肺燥



もともと陰虚のある人の場合、月経時期になると陰血がさらに下に 血海に帰して溢れ泄れるため、月経が終わると陰虚がさらに甚だしくなり ます。そのため内熱がおこり、虚火が上炎し、肺を灼き津を傷り、血絡が 損傷されますので、吐衄といった症状を引き起こすことになります。《景 岳全書・血証》には、『衄血の多くは火によるものではあるが、陰虚によ っておこるものがもっとも多い。まさに労損によって陰が傷られ、水が火 を制することができなくなったものである。そのため、衝脉・任脉におけ る陰分の血を非常に動かしやすくなるのである。』とあります。




胃火熾盛



胃気は下行することを順とします。もともと胡椒や生姜などの辛辣 な味のものを好んで多食していると、胃中に熱が伏し易くなり、その熱が 極って火となることがあります。月経時期、衝脉の気が盛んになると、衝 脉は陽明に付いていますので、衝脉の気が胃火を挟んで上に突き上げ、吐 血をおこすことになります。




まとめ



以上述べたように、吐衄の病理は主として火邪によるものです。しかしそ れが月経にともなって起こることから、月経時期、気血が血海に集まるこ と・衝脉の気が盛んになること・気血の満ち欠けといったこととの関係が みえてきます。これはまさに《素問》の病機十九条にいうところの、『諸 逆衝上は、皆な火に属する』にあたります。この火には、肝火・胃火・虚 火といった区別がありますが、ともに、血に迫って妄行させ、陽絡を損傷 して、吐衄の症状をおこさせる原因となるものなのです。









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