産後の下痢の論治






論治原則



脾胃を調え湿邪を取り除くことを主としますが、その原因によって 多少の違いが出てきます。脾虚湿注のものは健脾滲湿し、寒湿内盛のもの は散寒燥湿し、湿熱下注のものは清熱利湿し、食傷胃腸のものは消食導滞 し、腎虚火衰のものは温腎渋腸します。




用薬における禁忌と養生法



治療期間中は、薬物を煮る時間を長くし、回数を増やして少しづつ 服用するようにします。それと同時に、飲食にはよく注意を払い、暴飲暴 食や生冷〔訳注:なま物や冷たい物〕・肥膩〔訳注:油こい物や味の濃い 物〕・煎炒〔訳注:煮物や炒め物〕・辛燥の食物の摂取を避けさせ、脾胃 がさらに傷られることを防ぐようにします。起居にも注意を払い、風寒や 湿熱の外邪に侵されないようにして、湿邪が長期にわたって残って取り除 き難くなることを避けるようにします。






証候と証候分析




脾虚湿注



産後、排便回数が増加し、時に下痢し、あるいは未消化便で、食欲 が減少し、食後腹部がもだえて脹り、顔色は萎黄で、精神的な疲労感と倦 怠感があり、淡白舌薄白苔で、その脉状が緩弱のものです。

この原因は、産後の脾気の弱りによって、水穀の運化機能が弱り、 水が停滞して湿となり、穀が溜まって滞っていることにあります。この水 と穀とがともに大腸に入ったため、排便の回数が増加し、時に下痢し、あ るいは未消化便となって排泄されるわけです。脾胃が弱っていますので、 食欲が減少し、食後腹部がもだえて脹ります。気血の生化も弱っています ので、顔色が萎黄となり、精神的な疲労感と倦怠感があります。淡白舌・ 薄白苔・脉状の緩弱も、脾胃が弱っている徴候を現わしています。




寒湿内盛



産後排便回数が増加し、透明で薄い下痢をし、腸鳴や腹痛があり、 胸がつかえて食欲が減退し、あるいは悪寒発熱・頭身の疼痛があり、白膩 苔で、その脉状が浮濡緩のものです。

この原因は、産後臓腑の機能が弱り、風寒の外邪を受けて、それが 内に腸胃に舎ったことにあります。この寒邪が陽を傷り、気機の升降が失 調し、清気と濁気とを分けることができなくなり、飲食を消化できずに大 腸に走ったために、産後排便回数が増加し、透明で薄い下痢をするように なったわけです。寒が凝滞して気滞がおこったため、腸鳴や腹痛がおこり ます。脾胃が弱り、水穀の運化が失調しますので、胸がつかえて食欲が減 退します。もし風寒が外を侵していれば、悪寒発熱・頭身の疼痛がありま す。白膩苔・脉状の濡緩はともに、寒湿内盛の徴候を現わしています。




湿熱下注



産後排便回数が増加し、腹痛するとすぐに下痢し、便が黄色くて臭 いがあったり、激しい勢いで出たりして、肛門には灼熱感があり、心煩や 口渇をともない、尿は短赤で〔訳注:量が少なく色が赤く〕、黄厚膩苔で、 その脉状が数のものです。

この原因は、夏季や秋季に分娩し、出産によって臓腑が傷られてい るところに、暑・湿・熱の邪を受けたり、湿邪が欝滞して熱に化したりし て、それが胃腸まで傷ったことにあります。これによって伝化機能が失調 したため、産後排便回数が増加しています。湿熱が下注しているため、腹 痛するとすぐに下痢となって出ます。熱が腸にありますので、便が黄色く て臭いがあります。火の性質は非常に速く動くものですから、激しい勢い で排便し、肛門には灼熱感があります。熱が心胸を乱しますので、津液が 灼かれて、心煩や口渇がおこり、尿が短赤となります。黄膩苔と脉状の数 とはともに、湿熱下注の徴候を現わしています。




食傷胃腸



産後排便回数が増加し、卵が腐ったような便臭がし、腹痛するとす ぐに下痢し、下痢をすると痛みが減り、腹部がつかえて脹満し、げっぷを して食欲がなくなり、汚ない膩苔で、その脉状が滑数あるいは沈弦のもの です。

この原因は、産後に飲食によって傷られたことにあります。そのた め大腸の伝導機能が失調し、産後排便回数が増加し、卵が腐ったような便 臭がします。濁気が滞っていて食積が消化されていませんので、腹痛する とすぐに下痢し、下痢をすると痛みが減り、腹部がつかえて脹満し、げっ ぷをして食欲がなくなります。汚ない膩苔・脉状の滑数あるいは沈弦はと もに、宿食が停滞している徴候を現わしています。




腎虚火衰



産後、明け方になると臍下が痛んで腸鳴して下痢し、下痢すると緩 み、未消化便で、腹部が冷えることを畏れ、時に腹脹し、下肢が冷え、淡 白舌薄白苔で、その脉状が沈遅で細のものです。

この原因は、産後腎気が弱って命門の火が衰えたことにあります。 そのため胃関〔訳注:清濁を分ける関門としての胃〕がしっかりしなくな り、明け方になると臍下が痛んで腸鳴して下痢し、下痢すると緩みます。 火〔訳注:命門の火〕が衰えると土〔訳注:脾〕も虚しますので、水穀を 腐熟することができなくなりますので、未消化便が出ます。陽が衰えると 陰が勝ちますから、腹部が冷えることを畏れ、時に腹脹し、下肢が冷えま す。淡白舌・薄白苔・脉状の沈遅で細はともに、脾腎の陽虚の徴候を現わ しています。









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