帯脉の病




《二九難》に曰く。帯脉の病は、腹満し腰が溶々として水中に座っているような状態になります。



【原注: 滑伯仁は、溶々とは無力なことです。帯脉は、腰腹を束ね廻りますので、帯脉が病むと、腰腹に力が入らなくなって水中に座っているような状態となります。と述べています。


水中に座っているような状態とは、下部に力が入らないことをいいます。一説に下部が冷えているとありますが、それは誤りです。

呂広は、帯脉は人の身体を廻り帯びます。病むと、その腹が緩みますので、腰を溶々たらしめます。と述べています。 】







《十四経発揮》に曰く。帯脉の病は、腰腹が従容として、嚢水の状態のようです。



【原注: 腹とは小腹のこと。従容は溶々という意味で、緩弱で無力のものをいいます。嚢水の状態とは、小腹が満ちて大きくなり、これを推すと雷のような音がするものをいいます。これは下の気がめぐっていないためおこります。


《甲乙経》に、陰陽が互いに維ぐことができずに病となると、腰腹が従容として嚢水の状態のようですと述べられています。これは維脉の病を述べているものです。滑伯仁はこの文言に対して、帯脉が病んで、陰陽の経を維帯することができなくなっているものの病であるとしていますが、これは誤りであろうと思います。 】







《明堂》に曰く。帯脉の二穴は、腰腹が(ゆる)み、溶々として、嚢水の状態のようなものを主ります。

婦人は、小腹が痛み、裏急後重【原注:裏急は大便前に腹部が急迫するもの。後重は便後に肛門が重く渋るもの】し、瘈瘲【原注:音は、治縦。手足が縦み縮むもの。搐溺の類です】し、月事が調わず、赤白帯下します。鍼六分灸七壮すべし。



【原注: 帯脉は腰を束ね、下部の主となります。小腹が痛み、裏急後重し、月事が調わず、赤白帯下するものは、すべて下部の病だからです。瘈瘲は、舒縮の病ですから、これも帯脉の病に属します。

そもそも帯脉は、腰腹を一周して、諸々の陰陽の経を束ねるため、帯脉が病むと、諸々の経筋が調和されなくなって、あるいは引き、あるいは緩んで、瘈瘲の症状を呈することとなります。 】







王叔和の曰く。帯脉の病は、左右臍をめぐり、腰脊痛み、陰股を衝きます。



【原注:帯脉は章門に起こり、足の厥陰に会します。厥陰の脉は陰股をめぐるため、腰痛は陰股に衝き向かいます。 】







仲景曰く。大病が治って後、腰以下に水気があるものには、牡蛎沢瀉散がこれを主ります。もし治らなければ、章門穴に灸します。



【原注: これもまた帯脉が主る病ですので、治療には章門に灸すれば治ります。最近ではこの症状のものが非常に多くなっています。下手な医家はこの灸治の方法を決して知りません。 】







王海蔵の曰く。小児の(疒+禿頁)疝には、章門に三壮灸すると治すことができます。それは、帯脉と厥陰の分に行き、太陰がこれを主るためです。



【原注: (疒+禿頁)疝とは、陰嚢が腫れて痛むもので、大人もこの疾患になりますが、小さい子供に多いものです。そのため小児と述べています。

この病の痛みは、帯脉と足の厥陰の両脉の流れる場所に属します。(疒+禿頁)疝の痛みは、腰・小腹・(月少)〔伴注:季肋部の下の両傍の軟部〕に引きます。《素問》に、邪が太陰の絡に客すると、小腹から(月少)にいたる腰痛をおこさせます。と述べられています。ということは、(疒+禿頁)疝もまた、足の太陰の絡に属することとなります。このため、太陰がこれを主る、と述べられているわけです。

このようにして、灸で治療する際にも章門を用います。章門は脾の募穴であり、足の厥陰・帯脉の会だからです。 】







王叔和の曰く。中部【原注:関部をいいます】が、左右弾くものは帯脉です。

ややもすれば少腹痛み、命門【原注:命門は脊の十四椎にあり、帯脉の貫く場所】まで引いて苦しみます。

女子は、月事が来なかったり、終わってからさらにまた下ったりし、子供ができません。

男子は、少腹が拘急したり、失精したりします。



【原注: 帯脉は下部を総括するため、下部の病に苦しみます。


ある人が聞いて言いました。。帯下の病は、赤白の濁汁が帯脉の分から下るために、帯下と名づけられているのでしょうか、それとも帯は滞という意味であって滞濁が下り泄れるため、こう名づけられているのでしょうか。

答えて曰く。婦人の帯下の病はその本は任脉にあり、末が帯脉にあります。《骨空論》には、任脉が病むと、男子は内に結して七疝し、女子は帯下瘕聚すると述べられています。楊氏は、婦人の悪露は帯脉にしたがって下りますので、これを帯下といいます、と述べています。帯下の人はだいたい、腰が重く小腹が痛み赤白の滞汁を下します。ですから、帯下という名前は帯脉と滞汁との二つを合わせてできているものなのではないかと思います。


劉宗厚の曰く。

帯下の多くは、陰虚陽竭を本とし、営気が升らず、経脉が凝渋し、衛気が下陥し、精気が下焦の奇経の分に積滞し、蘊醸されたために起こります。帯脉の病であるためにこの名があり、また症状の状態からも名づけられています。白いものは気に属し、赤いものは血に属します。多くは、酔・飽・房・労・服・食・燥熱によっておこります。

病因としては。湿痰が下焦に流れ注いだもの。腎肝の陰が乱されて湿が勝ったもの。驚恐して木が土位に乗じて濁液が下に流れたもの。思慕すること窮まりなくて筋萎をおこした、いわゆる二陽の病を心脾におこしたもの。また外の経の湿熱が少腹の下に屈滞したもの。下元が虚して冷え子宮が湿によって乱されたものなどがあります。

治療法としては、下し吐かせ発する〔伴注:すなわち汗吐下の治療法を施す〕中に補を兼ね、補の中に利する類となります。つまり、燥中に昇発を兼ね、潤中に温養・温補・収渋を兼ねるなど、それぞれの症例によって異なります。病理にしたがって考えて下さい。


張子和の曰く。

十二経と奇経の七脉はすべて上下に周流します。ただ帯脉だけは少腹の傍らの季脇の下に起こり、身を一周環って腰を絡い、束帯するような形で過ぎます。衝任の二脉は、腹脇をめぐり、臍傍を挟み、伝わって気衝に流れ、帯脉に属し、督脉を絡います。衝任督の三脉は同じ場所に起こり行路を異にしています。一源にして三岐し、すべて帯脉を絡います。

諸経が上下に往来することによって熱が帯脉の間に残ります。客熱が抑欝されて、白い物が満ち溢れ、尿にしたがって綿々と絶えることなく下ります。これを白帯といいます。《内経》【原注:痿論】に、思・想が窮まりなくて願いがかなえられず、意が外に乱れ、房に入ることが多過ぎると、筋萎を発し、白淫をなすと述べられています。

これは、白いものが精の状態のように浮いて流れ、男子は尿によって下り、女子は綿々として下るものです。ともに湿熱としてこれを治療しますが、その方法は下痢の治療と同じです。

赤白痢は、邪熱が大腸に伝わったものであり、赤白帯は邪熱が小腸に伝わったものです。後世、赤を熱とし、白を寒としていますが、医家の誤りのこれに過ぎるものはありません。


《鍼灸資生経》に曰く。

婦人で赤白帯下を患っていた人がいました。気海に灸していましたがなかなか効果が上がりませんでした。次の日、帯脉穴に灸したところ、鬼が出てきて耳もとで言いました。「昨日の灸もよかったが、わしに着くことはなかった。今の灸はわしに着いたによって、わしは去ろうと思う。酒食を用意してわしを祭れ」と。その家では、言われた通りにこれを祭ったところ、とうとう病が癒えたということです。

張子和は。

私ははじめこのことを怪しんでいました。けれども、晋の景公の、膏肓の二鬼のことを思い出しました。すなわちひどい虚労の人の、虚に乗じて鬼が居座ったり、また心労による虚損のために鬼が居座ったりしたという話です。これに灸して穴に着くなら、必ずこれを取り去ることができます。このことから、このような病のものには、いつもこの治療をしようと思い、この穴を按じてみると、必ず手に酸痛を感じることができます。婦人に、ここに灸すると必ず癒えます。その穴は両脇の季肋の下一寸八分にあります。さらに百会穴に灸するとより効果があがります。《内経》に、上に病があれば下にこれを取り、下に病があれば上にこれを取ると述べられており、さらに、上のものはこれを下し、下のものはこれをの上げると述べられているものがこれです。

と述べています。 】










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