第十八章 当帰地黄の論




門人が聞いて言いました。薬性にはそれぞれ引経があり諸臓腑に行きます。たとえば当帰は心脾に入って血を補い、地黄は肝腎に入って精血を補います。それでは当帰は咽を入って直接心脾に達して血を生じるのでしょうか。地黄は咽を入って直接肝腎に達して精血を生じるのでしょうか。

答えて言いました。そうではありません。薬石に限らずすべての飲食物は、胃に入って脾に行き、脾胃から諸臓腑全身におよびます。ですから諸薬はすべて脾胃に入り、脾胃から出てその薬性の陰陽軽重潤燥などによって、それぞれの場所に行くわけです。

ですから、病に応じないときは〔訳注:効果を得られないときは〕薬は皆な必ず胃気を損なう、というのはこのことなのです。

当帰地黄が精血を補うということも、これが直接心脾肝腎に入ってすぐに精血を生じるわけではありません。そもそも陰虚火動するときは営衛の運行が鋭くて、升降の気化も疾速です。たとえば茶臼の回転が速いようなものです。このためますます火が動じ液が燥きます。この時、当帰地黄などの湿重のものを用いて中焦を収め沈めると、運行升降の疾速は自然に静かに収まり、火が消え燥が除かれて液が潤い、精血が自然に生じ活発となることとなります。たとえば茶臼の上臼に金石の重りを載せて引くと、その回転が自然に静かになるということと同じ理です。このため、当帰地黄などの潤陰剤がその病症に応じなければ、腹痛したり泄瀉したり飽満となるわけです。湿潤の重薬に中焦を押さえられて、胃の気の運行が渋滞するためです。庸医はこれを理解できずに、薬性が直接臓腑に入ると考えますが、非常な間違いです。







《経脉別論》に『食気が胃に入ると、肝に精を散じ、筋に気を淫し〔訳注:栄養し〕ます。食気が胃に入ると濁気〔訳注:穀気〕が心に帰し脉に精を淫し、脉気が経を流れ経気が肺に帰します。云々』と述べられています。飲食物ですら先に胃に入った後にそれぞれの部分に行きます。薬剤ではなおさらのことです。

このことを理解できていない医者は、治療が粗略となり、胃の気を撃つことが多くなります。胃の気は元気です。元気を損なうものはその病を起たせ〔訳注:完治させ〕にくいものです。医薬は謹まなければなりません。



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