月経の中医学的解釈





月経という生理的現象について、中医学の基本理論を応用して解釈し てみようと思います。そうすることによって我々は、月経がおこる理由 についてより明確に理解することができるでしょう。






1、生理学的な基礎




臓腑・気血・経絡の女性の生理における基本的作用が、月経がおこることの生理学的な基礎となります。

月経の主要成分は血です。血は気によって統摂され、運行され、調節 されています。分泌された天癸は、気血によって運ばれることによって その機能を発揮します、衝脉・任脉は、気血によって充分満たされるこ とによってその蓄えたり溢れさせたりする機能が正常に行なわれます、 子宮はそこに気血が注がれることによって月経をおこすことができるよ うになります。ですから、気血の作用とその変化が直接的に月経をおこ しそれを調節することに関与していると理解することができます。気血 はまた、臓腑にその起源があり、経絡によって運ばれることによって初 めてその作用を発揮します。ですから、さらに考えるならば、月経が正 常におこるためには、臓腑の機能が正常で、気血の調和がとれ、経脉が 活発に流れていることが必要であり、まさにこれこそが月経が正常にお こるための生理的な基礎になると理解できるでしょう。

《景岳全書・婦人規》にはまさにこのことについて、『経血〔訳注:経 脉内の血〕は水穀の精気である。五臓を和して調え、六腑の古い汚れを 取り去って、脉に入ったものである。その根源は本来どこにあるのだろ うか。それは、脾によって生化され〔訳注:作り出され〕、心によって 総統され〔訳注:総合的に統括され〕、肝によって蔵受され〔訳注:蔵 され〕、肺によって宣布され〔訳注:全身に広く発散され〕、腎によっ て施泄される〔訳注:泄れ出し施される〕ことによって、全身を潅漑し ているものである。男子においては化して精となり、婦人においては上 には乳汁となり、下には血海〔訳注:衝脉〕に帰して経脉となる。もし 精気が損なわれることなく、情志の調和がとれ、飲食のしかたもその人 の器に合っていれば、陰陽ともに生長してその全身の百脉が充実してい るのであるから、どうして〔訳注:経血の〕調和がとれていないことが あろうか?』と説明されています。これをまとめると、『月経とは、臓 腑・経絡・気血が子宮に作用しておこるものである』ということになり ます。

しかしながら、初潮前の女性であっても、閉経後の婦人であっても、健 康な女性であればその臓腑・経絡・気血は順調にその生理的活動を行な っているわけですから、月経があるときと同じように子宮も気血を受け て濡され養われているはずです。ですから、どうしてこの時期には月経 がおこらないのかということを説明するためには、もうすこし深い生理 的な作用を考えなければなりません。中医学の基礎理論をもとにすると、 そこには、腎・天癸・衝脉と任脉・子宮の生理が関与していると考えら れます。この中でも特に腎は、月経をおこさせる根本になると思われま す。






2、月経の発生




腎気が盛で、天癸が至り、衝脉・任脉が盛に通じ、 それが子宮に作用すれば、月経がおこる




腎気が盛



『五臓の真は、ただ腎を本とする』《医貫》。女性が発育していく過程 では、まず最初に腎気が充ちて盛になり、天癸が分泌され、衝脉と任脉 とが盛に通じるようになり、それらが子宮に作用することによって、は じめて初潮を迎えるようになるものです。腎気が充分盛であれば、月経 は正常におこります。このことを《医学正伝・婦人科》では、『月経と いうものはすべて、腎水の施化を借りておこるものである』と述べてお り、《伝青主女科・調経》ではまた、『経水は諸腎より出る』と述べて います。先に述べたように、腎は生殖を主り、天癸の源で、衝脉・任脉 の本なのですから、月経が周期的に正常におこっているということは、 腎気が充分盛であり、成熟していることを示していると考えられます。 また、初潮が始まるべき時期であるにもかかわらず初潮が始まらず、あ るいは閉経にはまだまだ時間があるにもかかわらず閉経してしまうもの は、前者は腎気が盛になっていないとみるべきであり、後者は腎気の衰 えが早すぎるとみるべきです。このように、腎気が盛であるということ が、月経が正常におこる基本的な要素となります。




天癸が至る



天癸は月経が起こるために不可欠の基本的な物質です。天癸は初潮の頃 にはまだ非常に少ないので、『形体は成熟しているが、精気にはまだ余 裕がない』状態で、月経も不順です。天癸の分泌が盛になり安定してく ると、衝脉・任脉が盛に通じるようになって、子宮も充分に成熟し、月 経も安定してきます。もし天癸の分泌が止まると、閉経となります。こ のことを《医宗金鑑・婦科心法要訣》では、『天癸は月経の原である』 と述べ、さらに『先天の天癸は父母から始まり、後天の精血は水穀から 生ずる。女子は十四才で天癸が至り、任脉が通じ衝脉が盛になって月事 が行なわれる』と指摘しています。




任脉が通じ衝脉が盛になる



任脉が通じ太衝の脉が盛になるということも、月経がおこるための必要 条件となります。初潮が起こる前の十四才以前には、腎気がまだ盛では なく天癸もまだ至ってはいませんので、衝脉も任脉もまだ全盛の状態に はなっていません。この二脈の支えがまだ充分に得られないため、月経 が始まってはいないのです。衝脉と任脉とが諸経の精血を受納し、天癸 がその作用をさらに充分に発揮することによって、始めて衝脉と任脉の 流れが盛大になり、血海が充分に満たされるので、その蓄溢〔訳注:血 液を溜めたり溢れさせたりといったこと〕をコントロールできるように なります。これが子宮に作用して月経をおこすようになるわけです。こ のことは、『衝脉と任脉とは月経の本』と言われていることからも理解 できるでしょう。




子宮から溢れ出たものが経血である



子宮は経血をめぐらさせる場所です。発育して充分に成熟した子宮は、 衝脉と任脉による気血の補給を受け、また天癸の作用も受けて、卵子を 準備し、妊娠することができるようにしています。月経が始まっていて もまだ妊娠していない場合は、子宮は古い血を捨てて新しい血に交換し ようとします。この古い血液を排出しようとする作用が月経であるとい うことになります。《血証論・男女異同論》にはこのことを『女子の子 宮の中の血は月に一回入れ代わる。古いものが排泄されて新しいものが 生じるのである・・・(中略)・・・。もしこの血がうまく排泄されな いようであれば、それが機化〔訳注:子宮の機能〕を阻むことになる』 と説明しています。




3、まとめ



以上のことをまとめると、月経というものが正常におこるためには、臓 腑の機能が正常で・気血の調和がとれ・衝脉と任脉とがうまく流れると いった陰陽の調和がとれている状態の下、さらに腎によって主導され・ 天癸の調節を受け・衝脉任脉二脉からの補給を受け、そのうえ肝の蔵血 ・調血(注1)、脾(胃)の化血・統血、心の主血・生血、肺の師血(注2) ・布血(注3)といった機能が共同して子宮に作用することが必要なのだ と理解できます。


(注1) 肝の調血:肝は血を蔵することによって、全身の血量を調節しま す。

(注2) 肺の師血:肺は気を主り、気を統帥します。肺が気を統帥する機 能は間接的に血を統帥することに繋がります。

(注3) 肺の布血:肺は華蓋として集まってきた気を全身に散布する機能 があります。気が散布されるということは、血もそれに従って散 布されていくということを意味しています。



臓腑・気血・経絡の正常な活動が、月経をおこす生理的な基盤となるわ けです。そして、腎・天癸・衝脉と任脉・子宮は、月経がおこるための 主体となるものです。この中で、腎は月経をおこさせるもっとも根本的 な力であり、気血は月経そのものの基本物質であり、衝脉と任脉とは月 経に変化する場所であり、子宮は月経が通過する場所であると言えます。

月経というものは、このように一種の生理的な現象としてみることもで きるのですが、また生理的な目的のものではないとみることもできます。 月経がおこる過程というものは、女性の生殖機能の実際的な生化の〔訳 注:生まれ育ち変化していく〕過程です。このひとつの過程の生理的な 目的は生殖であって、月経をおこすということではないからです。経血 が充満して血海から子宮に注がれるということの本来的な目的は、子宮 を栄養し、水穀の精微を輸送して、卵子を準備し、妊娠できるようにす ることです。ですから、妊娠している最中には月経がなくなり、妊娠し ていなければ古い血が去り新しい血と入れ代わって、経血〔訳注:月経 の血〕を排泄するのだと考えられるわけです。

このように考えると月経という現象は、生殖機能が成熟したことを表わ す一種の指標の役割があるということになります。また、月経の周期は 女性の生殖能力の周期を示していると考えられます。ですから、月経が おこる理由について研究するということには、女性の生理について明確 な理解を得るという大切な意味が、またあるわけです。









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