月経前後の諸症の論治






治療原則



疏肝・健脾・固腎・滋陰養血、以上がこの月経前後の諸症を治療す る大法となります。具体的には、それぞれの症状に従って異なった方法を 用いていきます。もし薬と証とが合えば、みごとな効果を得ることができ ます。






証候と証候分析




経行乳脹



月経前二三日、甚だしい場合は半月前頃になるといつも、乳房や乳 頭が脹れて痛み、ひどい場合はその部分が衣服に触れるだけでも激痛が走 るものです。また、硬結や塊が現われたり・脇肋部にまで脹痛がおよんだ り・少腹部が脹痛したりします。さらには心煩して怒りやすくなったり・ 生理不順となったりします。舌質には異状がなく、その苔は薄白で、脉状 は多くは弦です。

もともと抑欝状態が強く、肝気がすっきりと通じていないために心 煩し怒りやすくなります。肝郁気滞によって経脉が通じにくくなるため、 月経前になると乳房や乳頭が硬く脹って疼痛し、脇肋部から少腹まで痛み が走ります。またもし気滞によって血の流れが悪くなると、乳房に塊や硬 結ができます。脉状の弦は肝郁を示しています。




経行泄瀉



月経時期になるといつも泄瀉になるものです。泄瀉は日に二三回に および、下痢便か水様便、甚だしい場合は消化不良便となります。また、 倦怠感・嗜臥〔訳注:横になりたがる〕・肢軟無力〔訳注:四肢の筋肉が 軟らかくなって力が抜ける〕・脘腹の脹悶〔訳注:腹部が脹って苦し くなる〕・納呆腹痛〔訳注:食べ過ぎると腹痛がおこる〕し・あるいは腹 痛の後下痢になり・顔面に浮腫が現われるといった症状を伴うことがあり ます。その舌質は淡く苔は白で潤いあるいは白滑苔で、その脉状は緩弱で す。

脾が虚していると気が弱り、水穀を運化する力が弱くなります。月 経時期になると気血が下に血海に注ぎ、脾の虚がさらに甚だしくなり、湿 邪が腸間に滲み入り、経行泄瀉を呈するようになります。脾気が虚すと陽 気が全身に循りにくくなりますので、倦怠感・嗜臥・肢軟無力という状態 になります。湿邪によって阻滞されて気機の運化が失調しますので、(月 完)腹の脹悶・納呆腹痛という状態になります。湿邪が皮膚に溢れますの で、顔面に浮腫が現われます。舌が淡く膩苔となるのは、湿濁が内に集ま っていることを示しています。その脉状が緩で弱なのは、脾気が虚弱であ ることを示しています。脾気が虚して長期にわたると、いわゆる「土虚木 乗」〔訳注:脾が虚することによって肝がこれに乗ずる〕あるいは「肝旺 乗脾」〔訳注:肝が盛んになることによって脾が乗じられる〕といった状 態になり、腹部が痛んで気持ち悪くなり、痛みが出ると必ず下痢するとい った「痛瀉」の状態となります。

もしこの状態が長期にわたると、脾の病が腎におよび、あるいは腎 陽が虚衰しますので、火不暖土〔訳注:腎陽の火によって脾の土が暖めら れなくなる〕という状態になって、脾土が暖められなくなり、水穀を運化 する力がさらに弱くなりますので、薄い下痢になります。さらに陽気が不 足して陰寒が内に盛んになってくると、水のように薄く透明な下痢となり、 いわゆる鶏鳴下痢〔訳注:明け方の下痢〕の状態になります。陽気が虚し ていて陰気が盛んになっていますので、寒を畏れ・四肢が厥冷する状態と なります。腎は骨を主り、外は腰に対応していますので、腎気が虚すると 腰がだるくなり腿の力が抜けます。腎陽が弱ると膀胱が暖められなくなり ますので、頻尿となり、透明でいつまでも続く尿が出ます。舌苔の白滑・ 脉状の沈遅はともに腎陽が弱っていることを示しています。




経行頭暈頭痛



月経前一二日、あるいは月経時期になるといつも頭暈〔訳注:めま い〕がして倒れそうになり、眼黒〔訳注:目の前が真っ暗〕になり、心悶 し〔訳注:胸苦しくなり〕、あるいは激しい頭痛がおこるものです。その 痛みの性質は一種類ではなく、あるいは脹痛であったりあるいは掣痛であ ったりします。また痛む部位も頭部の片側に限局していたり・巓頂部だっ たり・頭部全体が痛んだりして、耐え難いものです。また、悪心嘔吐をと もなったり・心煩して失眠となったり・目が脹ったり耳鳴がしたりします。 その脉状は弦あるいは細弦であり、舌苔は薄白あるいは薄黄苔です。

もともと陰血が虚す傾向にあり、月経時期になって血が下に満ち上 部の血がますます不足してくると、頭部が養われにくくなり、あるいは頭 部の血虚と肝旺とが同時に出現するようになります。そのため、頭頂部の 空痛〔訳注:がんがん痛むということか〕・頭暈・眼黒といった症状が現 われて、ふらついて倒れそうになります。血が心を養いにくくなり、肝が 魂を蔵さなくなると、心煩して失眠の状態になります。これらは血虚が原 因です。ですからもともと陰血が虚す傾向にある場合、月経時期になると 陰血がさらに甚だしく虚し、肝気が盛んになって上亢するため、頭痛・頭 脹・頭部の掣痛・頭部の絞られるような痛みがおこり、またそれに伴って、 目脹・耳鳴・心煩し怒りやすいという症状が現われます。また肝木が胃を 犯しますので、悪心嘔吐します。脉状の弦は肝旺を示しており、陰血が不 足しているためにその脉状には細がからんでいます。




経行浮腫



月経前数日になるといつも顔面や四肢に浮腫が現われ、これを按す と陥凹するものです。けれども月経が終わると徐々にその症状は軽くなり ついにはなくなります。また、倦怠感や無力感・食欲の減退や下痢・腹部 の脹満感や四肢の重だるい感じ・尿量の減少といった症状が現われます。 舌苔は薄白あるいは膩で、その脉状は沈弱あるいは無力です。

もともと脾が虚している場合、月経時期になると脾気がますます弱 くなります。中陽不振となりますので、水穀を運化する力が弱くなり、脾 気によって精が散ぜられなくなり、水穀の精微が全身に循りにくくなりま すので、内に湿濁が盛んになって皮膚に溢れ、月経時期になるとついには 顔面や四肢の浮腫として現われるようになるわけです。湿は陰邪であり、 気機を阻滞しやすいため、腹部の脹満感や四肢の重だるい感じがおこりま す。さらには陽気が全身に循ることを湿は阻むので、倦怠感や無力感・食 欲の減退や下痢といった症状が現われます。舌苔の白膩もまた、脾虚湿盛 であることを示しています。




経行発熱



月経時期になるといつも発熱や潮熱といった症状が現われるもので す。表熱のものは、発熱して微悪寒し、頭痛や身痛を伴い、また寒熱往来 ・口が苦く吐こうとし・食欲がなくなったりします。その舌苔は薄白で、 脉状は浮数あるいは弦数です。陰虚内熱のものは、午後に潮熱が現われ、 手心や足心に熱感があり、甚だしい場合は骨蒸潮熱となり・心煩して口が 燥き・大便が燥いて結します。その舌は紅で苔は少なく、脉状は細数です。

もともとその体質が虚弱で、月経時期になって血が去り気が消耗さ れると、衛陽がしっかりしなくなり、腠理が充実しなくなります。も しそのような時期に不摂生をすると、その虚に乗じて外邪が表を侵襲しや すくなり、それによって発熱することになります。このように、その証は 表邪に属しますので、発熱悪寒や頭部や全身の疼痛がみられます。またも し邪が少陽に入ると、往来寒熱し・口が苦く吐こうとし・食欲がなくなり、 その脉状は弦数となります。

もともと陰虚のものであれば、月経時期になると、陰血が下に流れ 出ていくわけですから、陰虚がますます甚だしくなります。陰虚のために 内熱が生じますので、月経時期になると潮熱が現われたり手心や足心に熱 感が現われ、甚だしいものは骨蒸潮熱のような状態となります。この熱が 津液を焼くため、口が燥き・便が結します。舌や脉の状態もまた、陰虚内 熱の典型的な証候を示しています。




経行身痛



月経時期あるいは月経前後になるといつも、全身の骨節や四肢が疼 痛したり麻木したり非常にだるくなったりするものです。また、筋脉が引 きつれたり絞られるような感じがし、甚だしい場合は杖で打ちつけられて いるように全身が痛みます。また、頭暈・頭痛・心悸〔訳注:動悸〕・短 気〔訳注:呼吸が浅く短くなること〕といった症状がみられることもあり ます。その舌質は淡白で苔は薄白、脉状は細弱です。

もともと血虚の状態で、月経時期になって陰血が下に流れ出ると、 その血はますます虚してきます。血が虚して筋脉が養われにくくなるため、 月経時期になると全身に疼痛が現われます。この場合、痛む場所は限定さ れてはいません。また、四肢や体幹の骨節が非常にだるくなったり、重だ るい痛みに痺れを伴ったりします。同時に、頭暈・頭痛・心悸・短気とい った気血が不足している証候が現われることがあります。さらには、内が 虚しているために、風・寒・湿といった邪気によって侵襲され外感しやす くなります。また、もともと風湿による痺痛がある場合は、月経の後、内 の虚に乗じて発作的に全身の疼痛が激しくなることがあります。この臨床 所見は明確に統一されたものではありません。どうしてかというと、もと もとの血虚に、風を挟んでいるか・寒を挟んでいるか・湿を挟んでいるか によって、現われる症状が異なってくるためです。




経行口舌糜爛



月経時期になるといつも口舌に糜爛ができ、甚だしい場合は潰瘍と なるものです。その痛みによって食欲にまで影響が及ぶことがあります。 また、心煩・口の燥き・失眠・尿が黄色くなり量が減少するといった症状 を伴うことがあります。その舌質の多くは紅、苔は薄黄で、脉状は細数を 呈してます。

腎水という陰が虚して、上に心火を済けることができなくなると、 心火がひとり亢ぶることになります。月経の時期になると陰虚がますます 甚だしくなりますので、虚火が上炎して口舌を焼き、口舌に糜爛を発生さ せることになります。虚熱が心を侵すと、心煩し・失眠の状態になります。 熱が津液を傷るために口が燥きます。心がその熱を小腸に移すと、尿が黄 色くなりその量が減少し、尿道に灼熱感と疼痛が発生します。この舌象も 脉象も、陰虚内熱であることを示しています。




経行便血



月経前一二日になるといつも血便になるものです。便の色は深紅で、 穢臭があります。月経時の経血の量は少なく、色は紅く、その質は粘稠で す。また同時に、口が苦く・のどが渇き・渇して冷たいものを飲みたがり ・小便は黄色く・大便は結し・頭暈し・心煩するといった症状を伴うこと があります。その舌質は紅で苔は黄、脉状は細数です。

もともと陰虚で、月経前の陰血が下に注いで衝脉・任脉を充たす時 期になると、全身の陰血がますます足りなくなります。陰虚による内熱に よって陰絡が損傷されるため、経行便血となります。またあるいは、陰虚 であるにもかかわらず辛辣燥熱の食品を好んで食べたり・飲酒の癖があっ たりすると、熱が腸中に伏することになったり温熱が腸中に集まることに なったりします。大腸と子宮とは隣同士にありますから、月経がおこる前 の衝脉の気血が旺盛な時期になると、腸中にある伏熱を引き動かすため、 経行便血となります。熱によって血が焼かれるために、便の色は深い紅に なります。血がすでに大腸を通じて出ており、子宮の中の血が足りなくな っているために、経血の量は少なく・色は紅く・質は粘稠となります。内 に虚熱が盛んとなると、陰である津液を耗消しますので、口が苦く・のど が渇き・渇して冷たいものを飲みたがり・小便は黄色く・大便は結します。 虚熱が上焦を侵しますので、頭暈し心煩します。舌質が紅で・津液が少な く・舌苔の黄・脉状の細数といった証候は、虚熱が内に盛んになっている ことを示しています。

もともと脾腎が虚していたり、虚熱に対する治療を失敗することに よって陰をさらに傷り、その影響で陽もまた傷られることによって、脾腎 の気虚に転化し、気が血を統摂できなくなることによって、便血となる場 合もあります。









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