閉経前後の諸症の論治







治療原則



治則すなわち治療原則の重点は、腎陰・腎陽をどうやって調え補っ ていくのかというところにあります。基本的には、腎陰虚のものには滋腎 益陰し腎陽虚のものには温腎扶陽します。そのように治療していくことに よって、新たな腎陰腎陽の基礎の上に、陰陽の相対的なバランスをとって いけるよう導いていくわけです。

もし、兼証があれば、その症候をよく考えて症状に従って処理して いきます。またもし、月経が乱れていても、経血の量が多くはなく月経が ない時期もしばしば現われるようであれば、必ずしもその月経を調えよう とする必要はありません。自然に月経が閉止するのを待つわけです。また もし、月経が頻繁におこり、崩漏のような状態となっている場合は、その 病理をよく考えて治療していきます。




用薬における禁忌と養生法



閉経前後の諸証に用いる処方は、調補に重点をおいたものにします。 すなわち、陰虚の治療に際しては滋膩の薬物を用い過ぎないようにして、 その陽気を阻遏しないよう注意します。陽虚の治療に際しては辛燥の薬物 を用いすぎないようにして、その陰液を消耗しないようにします。苦寒薬 や峻攻薬といった脾気を傷る薬物は避けるようにします。

さらに、閉経前後の諸証に罹患している患者さんに対しては、心理 的な力付けをしていくことも治療効果を高める上で重要です。すなわち、 患者さんが楽観的な姿勢で老年期を迎えられるように励まし、老年期に対 する恐れや焦りからくる不安を癒し、疾病は必ず克服できるという信念を 強くもてるよう、導くわけです。

同時に、患者とその家族に対して、更年期における保健的な知識を 伝え、家族が更年期の症状をよく理解することによって、患者と心を一つ にしてこの病と戦い、安らぎと励ましを患者に対して与えられるよう教育 します。

それ以外になすべきことは、定期的に健康診断と婦人科の検査を受 けることです。これによって、器質的な疾病がおこることを防いだり、器 質的な疾病を早期に発見できるようにするわけです。










証候と証候分析




陰虚内熱



閉経前後の女性で、高熱・発汗・潮熱・顔面の紅潮・手心足心の煩 熱・口燥・便秘・尿の色が黄色くなり量が少なくなるといった症状を呈す るものです。多くの場合、月経は早まり、経血の量も減り、崩漏のような 状態となることもあります。その舌質は紅で苔は少なく、脉状は細数とな ります。

もともと陰血が不足していたり腎陰が虚損しているものは、閉経前 後の腎精が徐々に衰えていく時期になると、精血がさらに不足して、形も 不足していきます。そのため、陰虚による内熱が生じ、高熱・発汗・潮熱 ・顔面の紅潮・手心足心の煩熱といった症状を呈することになります。熱 が甚だしくなると津が傷られますので、口燥・便秘・尿の色が黄色くなり 量が少なくなるといった症状を呈することになります。この熱が衝脉・任 脉の気を乱すと、血海の状態が不安定となり、月経が早くおこったり、経 血の量が減少したり、ぽたぽたといつも漏れ落ちる「漏」になります。陰 が虚して陽がそれを攻めると、「崩」〔訳注:大量の出血〕を形成するこ とになります〔訳注:崩と漏とは交代に現われることがあります〕。この 舌証や脉象は、陰虚内熱の徴候を表わしているものです。




陰虚精虚



閉経前後の時期になると、頭暈・耳鳴・記憶力の低下・腰膝の力が 抜けてだるくなる・骨節のおもだるい疼痛・足跟部が痛むといった症状を 呈するものです。その舌は淡白で苔は薄く、脉状は細弱となります。

腎が虚して精が虚すると髓海が弱くなり、脳が養われにくくなりま すので、頭暈や記憶力の低下・骨節のおもだるい疼痛・足跟部が痛むとい った症状が現われます。腎精が不足しますので孔竅が養われにくくなり、 耳鳴が現われます。腎が虚してその腑である膀胱が養われなくなると、腰 膝の力が抜けてだるくなります。この舌象や脉象もまた、陰虚精虚の徴候 を表わしています。




陰虚血燥



閉経の時期になって、皮膚に感覚の異常が現われ・麻木し・刺すよ うな痒みが出・蟻が歩いているような感じがしたり・斑疹・乾燥して潤い を失う・陰部が燥いてざらつき掻痒感がある・大便が乾燥するといった症 状を呈するものです。その舌質は紅で淡白、舌苔は薄く、脉状は虚細とな ります。

腎陰が不足し精血が虚すると、全身が燥いて風を生ずることがあり ます。そのため、皮膚に感覚の異常が現われ・麻木し・刺すような痒みが 出・蟻が歩いているような感じがしたり・斑疹・乾燥して潤いを失うとい った症状が現われます。また腎の陰精が虚して陰部が養われにくくなりま すので、陰部が燥いてざらざらになって気持ち悪くなります。さらに甚だ しくなると、その痒みが激しくなり、夜間にもっとも激しく痒くなります。 腸も生気がなくなって枯れ、潤いがなくなりますので、大便が乾燥してき ます。この舌象も脉象も、陰血が不足している徴候を表わしています。




陰虚肝旺



閉経の時期に、精神的に異常な状態となり情緒不安定となって、煩 躁・易怒・精神的な激動・精神的な緊張・頭暈・頭痛・両目が燥いてしょ ぼしょぼする・物がぼんやりとしか見えなくなる・四肢の振顫・脇肋部の 脹痛といった症状を呈するものです。その舌は紅で苔は少なく、脉状は弦 細で数です。

肝腎はともに下焦に位置しており、これを「乙癸同源」(おっきど うげん)〔訳注:乙は「きのと」、陰の「木」であり、癸は「みずのと」、 陰の「水」を意味しています。そこで、木の陰と水の陰、すなわち肝陰と 腎陰とは同じく下焦に根ざしていて、密接な関係があると考えるわけです。〕 と呼んでいます。もし腎陰が不足すると水が木を養わなくなり、肝木が栄 養されにくくなりますので、木気がひとり盛んになります〔訳注:木の陰 が弱り、木の陽を安定させるべき陰が少なくなるため、木の陽である気が 盛んになってしまうという考え方です〕。そのため、精神的な激動・精神 的な緊張といった症状が現われます。腎精が不足しますので、空竅〔訳注 :体表における穴のあいている部分。すなわち感覚器官など〕が養われな くなりますので、頭暈・頭痛・両目が燥いてしょぼしょぼする・物がぼん やりとしか見えなくなる、といった症状が現われます。陰が虚して肝が盛 んになりますので、虚風が内に動じて四肢に振顫が現われます。陰が虚し て陽がさらに亢じてくると、頭痛・頭暈が非常に激しくなります。肝経に 気が滞りますので、脇肋部に疼痛が現われます。舌の紅・少苔・脉状の弦 細数もまた、陰虚肝旺の徴候を表わしています。




心腎不交



閉経前後の時期に、心悸怔忡〔訳注:心臓がどく どくと動悸を搏つのを自覚すること〕・心煩して安まらない・健忘・失眠 ・多夢・驚きやすいといった症状を呈するものです。その舌質は正常であ るかあるいは舌尖が紅く、舌苔は薄く、脉状は細弱あるいは細数です。

腎水が虚すると上に心火を済けなくなりますので、心陰が養われな くなり、心火を制することができなくなります。これによって神明が落ち 着かなくなりますので、心悸怔忡・心煩して安まらない といった症状が現われます。陰精が虚すると脳が養われなくなるため、健 忘・失眠・多夢・驚きやすいといった症状が現われます。舌象も脉象もと もに腎陰が不足して心火が盛んになっている徴候を表わしています。







腎気虚弱



49才も近くなって、腰や骨節がだる痛み・小便頻数清長・甚だし い場合は失禁・尿がポタポタときれにくい・夜間の排尿回数が増える・月 経が乱れる・月経が早まる・崩漏のような状態となる、といった症状を呈 するものです。その舌は淡白で、苔は薄白、脉状は沈弱となります。

49才も近くなると、腎気が徐々に衰えてきます。腎気が虚すると その外の腑である膀胱を温煦できなくなりますので、腰や骨節がだるくな り痛みが出ます。腎気が不足すると膀胱の締まりが悪くなりますので、小 便が頻数となり清長〔訳注:透明な尿が長々と出ること〕となったり、失 禁したり排尿後のきれが悪くなったり、夜間の排尿が昼間よりも多くなっ たります。腎気が虚弱になると、衝脉・任脉がしっかりしなくなりますの で、月経が早まり、経血の量が多くなり、甚だしい場合は崩漏のような状 態となります。舌の淡白・苔の薄白・脉状の沈弱は、ともに腎気が虚弱と なっている徴候を表わしています。




脾腎陽虚



閉経前後になって、腰脊が冷え痛み・寒さを畏れ・四肢が厥冷し・ 倦怠感があり・全身の力が抜け・浮腫・下痢・食後の腹脹・帯下の量が多 くなるといった症状を呈するものです。その舌は淡白で胖嫩があり、苔は 白で潤い、脉状は沈遅となります。

腎陽が不足して命門の火が衰えると、中焦に寒が生じます。そのた め腰脊が冷え痛み・寒さを畏れ・四肢が厥冷します。火が土を生じなくな りますから、脾が温煦されなくなり、水穀を運化する力が弱くなり、水湿 が内に盛んになります。この水湿が、腸間に注ぐようになると下痢や五更 泄瀉となり、皮膚に溢れると浮腫となり、下焦に任脉・帯脉に注ぐと白色 で希薄な帯下が多量に下ることになります。脾気が虚すと中焦の陽気が弱 くなりますので、倦怠感が出・全身の力が抜け・水穀を運化する力が弱く なり・少しでも食べるとその後に腹脹するようになります。舌の淡白や胖 嫩・苔の白潤・脉状の沈遅もまた、脾腎陽虚の徴候を表わしています。







腎の陰陽両虚



閉経前後に、頭暈・耳鳴・失眠・高熱・発汗といった腎陰虚の症状 が現われ、さらに寒さを畏れ・風を恐れ・浮腫・下痢といった陽虚の症状 も現われているものです。その舌質は淡白で、舌苔は薄く、脉状は沈で弱 です。

腎は、水も火ももに舎る場所です。腎は元陰が蔵され元陽が舎る場 所です。この水火が互いに助け合うことによって、陰陽の強調がとれ、相 対的なバランスを保っているわけです。

ところが閉経前後になると腎気が徐々に衰え、腎精も足りなくなり、 陰陽のバランスが失調しやすくなります。そのため、陰陽両虚の証が現わ れるわけです。









鍼灸治療



主穴:大椎・関元・気海・中脘・腎兪・合谷・足三里。
配穴:曲骨・印堂。

鍼だけをして灸はしません。瀉法を用いず補法だけを用います。
刺鍼の順序を考えて鍼していき、20~30分置鍼します。
毎日あるいは一日おきに治療し、多くとも13回までにします。









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