医易同源



易学の理論を哲理として医学の理論の解釈に用い、
易学と医学とが同じ理論・同じ源をなすものであるということを唱えた。



景岳は《易経》を深く研究しており、また宋明理学や儒教道教等 の諸子百家の学に対する造詣も深かった。

彼は《景岳全書》等の 書物を著作していく中で、易や理学等の哲学思想の知識を運用し て医学の理論的な方面を研究し、その新生面を開いた。このこと は彼の著述した医学書の特色をなしており、また景岳の学術思想 の大きな特徴となっている。

彼は六十二歳の時に《医易義》〔訳 注:《類経附翼》に掲載されている〕という易に関する専門書を 書き、このあたりの彼の学術思想を集約した形で示している。

ま た本書の《伝忠録》の一部となっている《明理》《逆数論》《保 天吟》等の多くの章や篇においても、このあたりのことについて 明確な記載がなされている。

そのうち本書の最初の篇である《明 理》においては、開口一番に次のように述べている。『どのよう な事も理を離れることはできない。医学においても理は最も大切 なものである。これを拡大すれば理は森羅万象のすべてにあらわ れ、これを収斂すれば理は一心に帰す。』

さらに《類経図翼》の 最初の巻の《運気》篇の中では、『理気と陰陽の学問は、医道を 学ぶものにとって開巻の第一義としなければならいものである。 まさに心を研ぎ澄まし真っ先に探究しなければならない問題であ る。』と非常に明確に述べている。

景岳のこの言葉のうち「理」 とあるのは先ず易学の理と哲学の理のことであり、さらにこの両 学に統率され指導されまとめられている医学の理のことである。






彼は本書の運用指針として『人道須従性理、明心必貫天人、謨烈 聖賢大徳、図書宇宙長春』の二十四文字を分割してそれぞれの集 の名前としている。このことも彼の学術思想を鮮明に現わすもの であると言うことができよう。






彼は本書の《伝忠録・医は小道に非ざるの記》の中で、いわゆる 『東蕃の異人』の口を借りて、

『そもそも生命の道は太極に基づ き万殊に散ずるものである。生命が有りしかる後に三教が立ち、 生命が有りしかる後に五倫が生ずるのである。造化は生命の高炉 であり、道学は生命の縄墨であり、医薬は生命を賛育するもので ある。』と説き、

『理気を胸中において明確に洞察できれば変化 に指針が与えられ、陰陽を掌上にあるかのように運用することが できればその場にいなくとも物事をはっきりと見通すことができ る。身心を至誠をもって修めれば、儒家が自らを治めるものと一 致するであろうし、業障を持戒をもって洗い流せば、仏教徒が自 らを癒すものと一致するであろう。身・心・人・己・理は一に通 ずるものである。』として、

易学と理学と医学との三者が一体で あり、儒学と仏教と道教と医学とが基本的には一つの哲理によっ て貫かれているということが、彼の観点の核心部分であることを 明確にしている。






彼は易理を用いて医学を解釈し、医易同源の観点を主張している。

このことは本書における《伝忠録・逆数論》において集中的に表 現されている。

この篇の中で景岳は、《易経》の理論は「逆数」 の理であり、伏羲が卦気の図をもって論じた陰陽・乾坤・升降・ 消長・進退・集散・成敗・生死等、陰陽の運動変化の核心である 対待と変易の数もまた「逆数」であるとしている。彼は逆である から運動があり・変化があり・陽気が生じて升るとし、逆に従う ものは陽によって生きることができると考えている。

そして順で あれば運動が止まり・変化が止み・陽気が消えて降るとし、順に 従うものは陰によって死ぬこととなると考えている。

このことに ついて范序では、『その《逆数》の一編を観てみたい。彼は、逆 なるものは陽を得、順なるものは陰を得、降は升をもって主とな すと言い、ここに陰陽の秘を開いたのである。彼は医にして仙な る者である。』と誉め讃え、また魯序では『《易》を善くするも のは必ずよき医者である』と語らしめている。

このように景岳が 論ずるところには非常に高度な哲理が隠されており、医学理論と その実践において非常に大きな問題提起がなされている。

彼はこ のようにして医学を非常に高度な水準まで高め、唯物的・弁証的 ・客観的なものとして総合的に説き明かしたのである。

事実、医 学理論が形成され発展していく歴史的な過程の中で、易学や古代 の哲学と医学理論とは非常に緊密な関係にあったのである。







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