中焦穀府 第十二節 胃腑大小




胃の腑には人それぞれに生来の自然の大小があるものです。身体はは大きく健康そうにみえても、食べる量はいつも少なく、身体は小さく弱そうにみえても、食べる量はいつも多いものがいるのはどうしてなのでしょうか。

胃の腑が小さくて消化力が弱いものは、たとえその身体は大きくても食べる量はいつも少ないものです。胃の腑が大きくて消化力が強いものは、たとえその身体は小さくても食べる量はいつも多いものです。

病人においてもそれぞれに違いがありますので、病に臨んで陰陽の虚実を察するためには、あらかじめその理を理解しておかなければなりません。







胃の腑の中はいつも非常に熱いものです。ここが熱い理由については右に弁じたとおり、相火によるものです。この熱の多少を察するに、冬季の極寒の季節であったとしても、厚着をしたり熱いものを食べると、全身も腹も温まるのは、胃の中がいつも熱しているからです。このことからも胃の中に強い熱気があることを理解してください。

このように胃の中には強い熱があるため、硬いものであっても完全に熟爛されて、二便として泄れ出させることができます。小水として出る水液は、飲んだ飲水だけでなく、胃中の熱気によって熟爛された穀物もまた、わずかですが水液となります。たとえば酒を醸すとき、始めに蓄める穀水より絞った酒汁の方が一倍多くなります。人身における小便も飲んだものより多いのは、穀物が熟爛されて津液が絞り出されたものが加わっているためです。

小水が絞り出された糟粕は、堅まって大便として出ます。もし絞り方が足りなければ、大腸の糟粕は柔らかで堅くなりません。ですから泄瀉の病があるわけです。この絞るというのは何によっているのでしょうか。水穀が消化されて、胃から下り、小腸に伝わり、その下口で絞られて、糟【原注:かす】は大腸に送られ、絞られた水は闌門に蓄められて膀胱に滲み入ります。このことから大便の泄利を治療する際には、猪苓や沢瀉などの淡滲の剤を用いて小便がよく出るようにすると、水が絞られて大腸の糟粕が自然に堅くなるということがわかります。



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