痛経の病因病理






総論



痛経の病因には、七情・六淫・内損といった違いがあります。しか しその発病においては、素体的な要素〔訳注:素体条件〕と月経時期の生 理的な状態〔訳注:経期生理〕と痛経をおこさせる病因〔訳注:致病因素〕 の三種類が密接に関係しています。その病理は、主として月経時期および その前後にしかるべき病因による撹乱を受けることによって、衝脉・任脉 の気血の運行が暢びやかになされなくなるために子宮の経血の流れが乱さ れたり、衝脉・任脉・子宮が気血によって養われなくなるために、疼痛を 主証とする痛経という症状を発するということになります。

たとえば、先天的な気が不足していれば、衝脉・任脉が充実しませ ん。また、後天的な脾胃の気が虚弱であれば、気血が不足します。また、 慢性的な病によって気血が非常に虚していれば、月経の時期になって血海 が動じると、気血がますます不足したり、衝脉・任脉が盛んにならないた めに胞脉〔訳注:子宮を栄養している脉〕が養われず、痛経の病がおこり ます。また、その素体〔訳注:その人の本来的な体質〕が陽虚で寒を生じ ていたり、陰虚で熱を生じていたりすると、月経がおこる以前の血海の気 血が充実し盛んになっている時期、血が寒や熱と結びつき易くなり、衝脉 ・任脉の気血を阻滞するために、痛経の病がおこります。また湿熱が滞り つづけている人が月経の時期に遭遇すると、その湿熱が血と結びつき、衝 脉・任脉・子宮を阻滞するために、痛経の病がおこります。これらは、あ る一定の素体的条件が、痛経の病をおこす原因となっているということを 示すものです。

『経水はすなわち天一の水であり、満ちれば溢れ、虚すれば閉じる。 これもまたその常であるだけのことである。』。月経周期とは、衝脉・任 脉の気血が非常に盛んになり、満ちて溢れ、溢れることによって徐々に少 なくなり、少なくなることによってふたたび充実して盛んになってくる状 態のことを意味しています。ですから月経の時期は、衝脉・任脉・気血の 変化が比較的大きい生理的状態にあたるわけです。そのため、この時期に は、子宮の気血は虚し易くまた実し易いので、痛みをおこす要素〔訳注: 致痛因素〕による影響を受け易い状態にあるわけです。この痛みをおこす 要素は、平常の時期には痛みとして現われなかったり、痛みをおこすまで には至らないのですが、月経の時期になると衝脉・任脉・子宮の気血の失 調を引きおこし、あるいは気血を阻滞して暢びやに運行できなくさせるた め痛みとして現わさせ、またあるいは濡養〔訳注:うるおし養う力〕が不 足するために痛みとして現わさせたりします。ですから、月経時期におけ る生理的な環境は、痛経をおこさせる内在的な要件となるわけです。

異なった月経時期の生理的環境・異なった素体的要因があるわけで すけれども、痛経がおこることともっとも密接な関係があるものは、この 痛みをおこす要素によるものです。《景岳全書・婦人規》には、『経行 〔訳注:月経時におこる〕腹痛には虚と実とがある。実のものは、あるい は寒滞により、あるいは血滞により、あるいは気滞により、あるいは熱滞 によるものである。虚によるものには、血虚によるものがあり、気虚によ るものがある。』と説明されています。寒によって血が凝結して暢びやか ではなくなるために痛みが出、熱によって血が燥かされて渋り通じ難くな るために痛みが出、湿によって経脉が阻滞されるために痛みが出ます。ま た気虚によって流通する力が弱くなり、血虚によって濡養され難くなるた めに痛みが出ます。ここで明らかなことは、このような痛みをおこす病因 は、痛経において特異的な病因ではないということです。けれどもまさに これらの病因が、月経時期あるいは月経前後の時期の特殊な生理状態の時 には、その個体の感受性が高くなっていますのでそれに作用し、痛経を発 症させます。ですからこれらの要素が痛経をおこさせる主たる原因である と言えるわけです。







以上述べた要因と痛経の発症との関係を説明するには、月経の時期 以外の生理的状態について考える必要があります。月経がおこっていない 時期には、衝脉・任脉の気血の調和がとれており、月経前のように盛んで 充実してはいず、月経後のように空虚にもなっていません。ですからもし 病因がそこにあったとしても、痛みをおこすまでにはならず、またあるい は衝脉・任脉・子宮の気血を失調させるほどではないため、この時期には 疼痛がおこらないわけです。けれどももし、その根本的な病因が除去され ず、素体の状態も改善されなければ、月経時期あるいはその前後の時期の 衝脉・任脉の気血の急激な変化に身体がついていけなくなります。ですか ら、月経の時期にしたがって周期的に疼痛がおこることになるわけです。

以上の認識に基づくと、痛経の病理はそれぞれ以下のように考えて いくことができます。




気滞血瘀



素体として抑郁が甚だしく【原注:素体条件】、月経前あるいは月 経中に衝脉・任脉の気血が充満して実するために、溢れて泄れ【原注:経 期生理】、気血がその調和を失い易くなり、そこにたとえば情志の傷れが 加わると【原注:致病因素】肝気がさらに沸郁し、血海の気機が不利とな り、経血の流通が暢びやかに行なわれなくなるため、子宮内部に気滞血 瘀が生じて痛経となります。《沈氏女科輯要箋正》には、『経前 の腹痛は、厥陰の気滞によって絡脉が通じ難くなるためになる』とありま す。

もし月経の時期に明確な情志の誘因が存在しない場合であっても、 肝気がもともと抑鬱されていれば、『月経がおころうとしている時期に肝 が応じず、その気を乱すために疼痛が生ずる』ことになります。




寒凝気滞



寒湿風冷が内を侵し、経前あるいは月経期の充実した衝脉・任脉の 血と結びつくと、『寒湿が二経を満たして内を乱し、ともに争うため痛み が出る』【原注:《伝青主女科》】ことになります。




湿熱阻滞



胞脉の正気が虚している月経時期あるいは月経後に、熱邪あるいは 湿熱の邪が内を侵し、衝脉・任脉に稽留すると、そこで蘊結した〔訳注: その場所にこもって充満した〕湿熱と血とが結びついたり、熱邪が陰血を 燥かして渋らせるために、滞り渋って痛みが出ます。




気血虚弱



稟賦(ひんぷ)の気〔訳注:先天的な気〕が不足していたり、脾胃 の気もともと虚弱だったり、大病を患ったことによって気血が虚弱になり、 精血が不足していると、月経時期の血海の変動についていけず、気血がさ らに虚弱になるため衝脉・任脉が養われず、疼痛をおこす原因となります。




肝腎虚損



素体が虚弱で、肝腎の気がもともと虚していたり、多産や房事過多 による疲労によって精血が内から消耗されると、精血が虚して減少し、衝 脉・任脉が濡(うるお)されなくなり、月経時期に血海を浄化されるとさ らに気血が虚すために、痛みが出ます。




腎気不足



先天の稟気が不足し、腎気がもともと弱ければ、腎虚による温養の 不足のために子宮が虚寒の状態となり、経脉が養われずに痛みが出ます。




まとめ



以上見てきたように、痛経の原因には虚と実とがあります。実のも のの多くは月経前に痛みます。この時期には、血海の気が充実していて盛 んになっており、瘀滞による痛みを生じ易くなるためです。経血 が溢れて出ると、瘀滞もこれにしたがって減少するため、月経が 終わる頃には疼痛も自然に止まります。しかし湿熱の邪に侵されたために 痛経となったものの場合は、湿熱の連綿と滞る性質のために、平時におい ても常時小腹部に痛みがあり、月経がおこるにつれて痛みが激しくなるこ とがあります。虚のものの多くは月経が終わる頃に痛みます。この時期に は、血海の正気が虚していて、胞脉〔訳注:胞絡:子宮上の脉絡、衝脉・ 任脉も含みます〕の濡養がさらになされなくなるためです。月経が終わっ て、血海の気血が徐々に回復してくると、その疼痛もまた徐々に治まって きます。このような虚によって痛経を起こしているものが、補われること がなかったり、補われたとしてもその力が足りない場合は、次の月経時期 になるとふたたび痛みが出てきます。

このように痛経の原因には虚実の区別がありますが、『婦女はもと もと血が不足している』わけですから、瘀滞によるものであって もそこには常に不足の問題があります。たとえば、肝郁血虚・肝郁脾虚・ 肝郁腎虚などの証のものは、この実の中に虚があるために痛経をおこして いるものです。また、もし気血がもともと虚していれば、血が少ないため に暢びやかに流通せず、気が虚しているために運行が遅れ、その気の遅れ によって滞り渋って痛みが出ます。これがすなわち虚中の実による痛経で す。このため、痛経は、『虚を挟むものが多く、完全に実のものは少ない』 と言われているのです。

以上のように、痛経の原因はそれぞれ異なりますけれども、痛みを おこす要素が、感受性の高い体質と月経時期の生理的状況とを通じて、衝 脉・任脉・子宮の気血を失調させ、経血がその暢びやかな流れを失うこと によって痛経がおこるわけです。







ですから、痛経の発症原因は、その他の病における痛みの発生原因 とは異なった所があるわけです。痛経は経脉の病に属しますけれども、月 経の本は衝脉・任脉にあり、その経脉は子宮に行きます。その胞絡〔訳注 :胞脉:子宮上の脉絡、衝脉・任脉も含みます〕は腎に係り胞中を絡いま す。肝は血海を主り、奇経八脉は肝腎に隷属します〔訳注:これは葉天士 の言葉です。他のファイルで解説しまね〕。腎気が充分に盛んであれば衝 脉・任脉はよく流通し、肝気が条達していれば衝脉・任脉もよく通調する ので、痛みがおこることはありません。ですから、痛経の発症についてそ の根源をよく考えていくなら、実証のものの多くはその責めは肝に帰され、 虚証のものの多くはその責めは腎に帰されることになります。そして、そ の病位は衝脉・任脉・子宮にあり、その変化は気血にあり、その表現は疼 痛であるということになります。痛経の病理的な特徴はここにあるため、 いわゆる「通じざれば痛む」という観点から単純に考えて解釈していくだ けでは充分ではありません。

痛経は、月経周期に従って発作がおこるわけですから、月経時期の 衝脉・任脉の変動と関係があることになります。月経の時期以外には、衝 脉・任脉の気血が和平を保っているため、そこに病をおこす要素〔訳注: 致病因素〕があっても、衝脉・任脉の気血の瘀滞や不足をおこさ せるには足りないので、疼痛がおこることはないわけです。けれども月経 の時期や月経前後の時期になると、血海が充満し溢れて瀉してしばらくの 間虚すというように、気血の変化が平常時よりも急激になります。ですか らこの時期になると、しかるべき病因が気血を侵し、衝脉・任脉・子宮に 瘀滞や濡養の不足をおこさせるため、痛経がおこることになるわ けです。月経が終わってしばらくすると、気血が徐々に回復していき、徐 々に調和がとれてきますので、平常時には疼痛がおこらないということに なります。









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