臨産(正常出産)






正常な出産過程



臨産はまた臨盆とも呼ばれ、妊娠の月数が満ちて「瓜が熟して蒂 (へた)が落ちる」ように、分娩することです。




産前の状態



一般に、臨産の前には前兆があります。これを「産兆」と呼び、妊 婦が臨産に近づいていることを示すものとしています。《臨産心法》には、 『臨産に際しては、自然の前兆がある。妊婦が臨産の時期を迎えているか どうかを知るには、その半月あるいは数日前に胎児が下り、多くの場合、 小便が頻数になる。』とあります。分娩前の二週間前後になると、胎児の 先頭部分が徐々に下ってきて子宮口に入り、子宮底もまた下に移動します。 そのため、妊婦は上腹部の圧迫感が軽減されますが、そのかわり下堕感が 強まり、子宮が時々不規則に収縮するのを感じます。しかしこれは、いわ ゆる兆しであって、正式に分娩が始まっているわけではありません。もし 『徐々に疼き、徐々に緊張して、・・・(中略)・・・一陣して緊張し一 陣する』【原注《達生篇》】状態となっていれば、それは子宮が規則的に 収縮している状態です【原注:その間隔は10~15分で、30秒ほど持 続し、徐々にその間隔が短くなって、緊張感が強くなります】。このよう に子宮が収縮するとそれにつれて腰部や腹部が痛み堕ちる感じがし、会陰 や肛門は広げられる感じがします。さらに大便をしたくなり、陰道から少 量の粘液を帯びた血液【原注:これは「見紅」と俗に呼ばれています】が 流れ出、ついで破水【原注:胎膜が破れて部分的に羊水が流れ出たもの】 することになります。これがすなわち臨産であり、分娩が始まった兆しで す。このような場合産科では、出産を補助して、胎児と胎盤とが順調に出 るようにしなければなりません。







臨産の前には、妊婦の脉状も変化します。その脉は多くは浮いて滑 数となり、妊婦の両手、中指両傍から指尖にかけて、脉動を感じることが できます。これもまた、臨産の兆候です。《臨産心法》には、『出産しそ うな時、脉がまず経脉を離れて、産婦の中指の中節あるいは本節に跳動が みられる。これが臨産の兆候である。』とあります。このように先人は、 経脉を離れるということを臨産を診断する方法としています。このことは 現代でも、臨床的な実用的価値があると認め、尊重するべきでしょう。

妊娠八ヶ月から九ヶ月になると、妊婦はときどき子宮が収縮するの を感じます。このことは《医宗金鑑・婦科心法要訣》に、『妊娠八九ヶ月 になると、腹中が急に痛み、痛みがしっかりくるとふたたび平常の状態に 戻ることがある。これを試胎と名づける。・・・(中略)・・・もし月数 が満ち、腹痛が起こったり止まったりしながら、腰には痛みが出ないもの は、弄胎と名づける。』と述べられています。この現象は現在では、「仮 陣縮」と呼ばれており、臨産の兆候と区別されています。




出産過程



子宮の規則的な収縮が始まってから胎盤が娩出されて止まるまでを、 いくつかの分娩過程に分類して、「産程」「全産程」「総産程」と呼びま す。現代の産科においてはこれを三段階に分類しています。

第一産程:規則的に子宮が収縮し始めてから子宮口が全開するまで。こ の時期を、子宮口拡張期と呼びます。中医学では、産門大開 と呼んでいます。

第二産程:子宮口が全開してから胎児が娩出されるまで。この時期を胎 児娩出期と呼んでいます。

第三産程:胎児が娩出されてから胎盤が娩出されるまで。この時期を胎 盤娩出期と呼んでいます。




出産時の注意



一般に出産の全過程には14~18時間が必要ですが、経産婦の場 合は8~12時間必要になります。もし出産の全過程が3時間以内で終わ る場合は「急産」と呼びます。その多くは子宮の収縮が非常に強く起こる ものです。急産は出産の全過程が非常に速いので、産婦や助産婦の準備が 足りない場合は、途中分娩という状態が発生して、新生児が傷つけられた り窒息したりし易く、産道が傷つけられたり、産後に出血したり、感染症 を引き起こすことがあります。出産の全過程が30時間以上にわたる場合 は「滞産」と呼びます。滞産になると、産婦の精力と気血が非常に消耗さ れ、甚だしい場合は胎児が子宮内で窒息したり、子宮が破裂したりします。 また、産後に出血したり、感染症を引き起こすことがあります。




正常出産に対して影響を与えること



分娩が順調に行なわれるかどうかということは、産力〔訳注:出産 する力〕・産道〔訳注:産道の状態〕・胎児〔訳注:胎児の状態〕の三種 類の問題が関わっています。産力の問題には、子宮を収縮させる力が頻繁 におこり過ぎる・強すぎる・短かすぎる・弱すぎる・そのリズムがうまく とれていないということがあげられます。胎児の問題には、胎児が異常に 大きくなり過ぎる・胎児の位置の異常ということがあげられます。これら の問題と産道の問題は、それぞれ分娩の過程に影響を与えますので、難産 を形成する要因となります。さらにこれ以外にも、直接的間接的に分娩が 順調に行なわれることに対して影響を与えていることが考えられます。







まず、産婦の精神状態は、分娩が正常に行なわれる上で、直接的な 影響があります。早くも唐代の《備急千金要方・産難》に、『出産時、多 くの人に見られることを嫌うものである。ただ二三人が傍らにいるように すべきである。・・・(中略)・・・もし多くの人が見ていれば、難産に ならないことがない。』『産婦はまず第一に、忙しくしたり慌ただしくし たりしてはいけない。傍らにいる人も極めて慎重に穏やかさを保つべきで ある。事前にものごとの緩急に備えていなければ、憂愁をもたらすことに なり、憂愁があると難産を引き起こす。』と指摘されています。これらの 記載は、産婦に対する精神的な影響を重視しているものと言えます。産婦 の精神状態が過度の緊張状態や畏怖状態にあると、子宮の収縮に影響があ るだけでなく、産婦の精力を消耗させ易く、順調な分娩を阻害する要因に なります。

産婦の素体〔訳注:基本的な体質〕の状態も、分娩に対して影響が あります。もし痩せて虚弱体質であったり、気血が不足している場合は、 早産を起こし易く、産力もたりなくなります。太り過ぎの産婦は滞産とな り易く、胎児が育ち過ぎていたり、位置の異常や産後の出血を引き起こす ことがあります。また脾胃の虚弱な産婦の場合は、出産への集中が足りな かったり、出産する力が弱いため、出産の全過程が長引くことがあります。

産婦の年齢・出産回数・分娩の間隔・胎盤の大小・破水の早い遅い ということが、分娩に対して影響を与え、併発症を発生させることがあり ます。高齢【原注:35才以上】で初産しようとする産婦の場合、子宮の 収縮力が弱い場合があります。20才以下の低年齢の産婦の場合、生殖器 官の発育がたいてい充分ではないので、難産その他の併発症を引き起こす ことがあります。経産婦の場合は、分娩回数が多いため腹壁が弛緩しやす く、胎児の位置の異常や、子宮の収縮力が弱くなり、産後に出血すること があります。分娩の間隔があまりあき過ぎている【原注:10年以上】場 合も、産婦の年齢が高くなることから、妊娠中や出産過程での併発症を増 加させる要因となります。胎盤が大きすぎる【原注:直径21~26cm】 場合、第三産程が長くなることが予想されます。第三産程が二時間を超え る産婦の72.7%は、その胎盤が大きすぎることによります。破水は産 程が始まる時におこるものですが、出産予定日より早く破水することを 「試水」あるいは「胞衣先破」と呼んでいます。このような場合は、胎児 の位置異常・滞産・臍帯の脱垂をおこすことがあります。







正常な分娩に対して影響を与える要素をよく理解することは、出産 自体や産後のさまざまな病証を予防する上で、非常に意義のあることです。









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