一つの気が、先天的に存在している。
これを名付けて太極という。
太極が生生することを名付けて易という。
易の中に造化があり陰陽に分れる。
陰陽の分れたものは休むことなく動く。
剛と柔とが互いに影響しあい乾坤ができあがり、
さらに剥・復・夬・姤の群れが発生する。
初めに先天を得、
次に後天を成し、
気血は、ここに来源する。
陰陽の気がしっかりしていれば、長寿を迎えることができる。
陰陽という竜虎が飛騰する状態となれば、その家宅を失うことになる。
造化の結果としてこの人体を得ることは、はたして多いことだろうか。
この道の極めて繊細なことを、惜しまない者があるだろうか。
天真を惜しむ者には、二種類ある。
ひとつは、自分自身の肉体の構造をよく理解した上で、無理することなく自己を治めるようにしていくという、荘子の生き方であり、これが最も楽で心得のいらない方法である。
もうひとつは、慎み深い生活を日々送ることによって、天和を保つようにするという方法であり、この伐剋が無い状態を、岐伯は非常に深くまで明らかにしている。
伐剋は本来生命の仇なので、非常な努力をしてそれが、元気の賊であることを明らかにしたのである。
人身の根源をこのように明確に理解していなければ、気を養い身を修めるということをしても、益はない。
私のこれらの言葉を、漫然と空に浮かぶ浮雲のように聞くのであれば、
道がすぐ傍にありながら、それを歩くことができないようなものである。
そのため私はここに保天吟として著わした。
私はこれを誰にでも授け、明敏な者の目に触れるようにしたい。
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