産褥期の生理




妊娠期とは、胎児が子宮内で発育し、分娩の準備が行なわれ、出産 されるという生理的過程のことを言います。これに対して、分娩後、生理 的な復旧過程をへて出産以前の状態に回復する段階のことを産褥期と言い ます。産褥期は、だいたい6~8週間で基本的には終わります。そのもっ とも明確な変化は生殖器官の回復としておこります。しかし、妊娠以前の 状態まで完全に回復することは、一般的にはありません。




産褥期の状態



「新産」【原注:出産の全過程が終了し、その後数日間のことを指 します】後は、分娩によってできた傷や出血【原注:一般に50~200 CC。400CCを超えるものは産後の大出血に属します】および出産過程に おける気力の消耗によって、産婦の気血は急激に虚しています。同時に、 産褥期特有の生理的な変化によって、独特の生理現象がおこっています。 ですから、この時期、充分に摂生することによってはじめて、徐々に平生 の状態まで回復させることができるのです。






1、畏寒:胎盤が娩出された後には、産婦の気力が耗消されているた め陽気が急に虚して寒戦をおこすこと〔訳注:がたがたと震 え出すこと〕があります。新産の後は陽気がしばらく虚して おり、腠理もしっかり閉じてはいないため、平生の時と 較べると風や冷えを嫌うものです。

2、微熱自汗:産後、陰血が急に少なくなるため、しばらく陰陽の調 和が失われます。陰が陽を守らず、陽気が外に浮いている状 態になるため、微熱がおこり自汗が出ることがあります。し かしこの場合の体温は、正常な範囲内からやや高くなった程 度【原注:37、5度を超えることはありません】です。こ れに対して産後3~4日すると、乳を出すために乳房が充実 し張ってくることにともなって発熱することがあります。こ れを「蒸乳」と呼んでいます。この場合、体温は急に高くな り、39度に達することもありますが、数時間で下がります。 産後の体温の上昇に対しては、感染症に罹患しているのでは ないかという配慮も含めて、特に注意しなければなりません。

3、腹痛:産後1~2日は、子宮が強烈に収縮してくるため腹痛とし て感じることがあります。これを「児枕痛」と呼んでいます。 現代医学ではこれを「縮復痛」「後陣痛」と呼んでいます。 経産婦に多く見られ、一般には3~4日で徐々に弱くなって なくなります。初産の場合、産後に子宮が収縮することによ っておこるこのような痛みが出ることは、比較的少数です。 このように子宮の収縮が非常に強いために痛みが出ている場 合は、ある程度の処置が必要です。また、その腹痛が、子宮 内部のお血によるものであったり胎盤が残留していることに よって引き起こされているものではないかどうか、慎重な鑑 別が必要です。

4、脉象:産後の脉象は産前に比較すると緩滑【原注:毎分60~7 0回前後】となっています。出血が多い場合は滑数で力が弱 くなっています。

5、悪露:産褥期に子宮から排泄される余分な血液や濁った液を、 「悪露」と呼んでいます。胎盤の子宮壁に付着した部分が剥 離すると、子宮壁から出血します。この血液と、子宮内部の もう不要となった物質、それに粘液などとが混じりあって陰 道から排出されたものが「悪露」です。新産後三日間は悪露 の中には血液の成分が多いので、これを「血性悪露」「紅悪 露」と呼びます、これは量も比較的多めです。子宮が収縮し て徐々に回復してくると、出血量も減少するので、悪露に含 まれている血液の量も減少しますから、悪露の色が徐々に淡 くなっていきます。そして二週間前後で、悪露の色は白色か 淡黄色になります。これを「白悪露」と呼んでいます。一般 的に、悪露は産後3週間でなくなります。紅悪露が出ている 時期は一般に産後2週間を超えることはありません。

もし血性悪露が非常に多い場合や、3週間以上経っても血色 が消えない場合は、普通は子宮の回復不良であると説明しま す。またそれ以外の要因として、お滞・感染などが考えられ ます。紅悪露は血色のよい顔色のようなものであり、白悪露 は一般に粘稠ですが、変な気味はともにないものです。これ に対して悪露が腐った醤油のような色だったり膿のような状 態で穢臭〔訳注:嫌な臭い〕がある場合は、感染症の危険が あることを示しています。

このように、悪露の量・色・質・持続時間・臭いの有無には、 産褥期の健康状態を推測する上での、非常に重要な意義があ ります。

6、乳汁:産後12時間ほどすると乳汁が分泌されるようになります。 産後1~2日の乳汁の色は混濁した淡黄色であり、嬰児にと って非常に消化吸収し易く、また抗体を豊富に含んでいます。 産後3~4日経過すると、乳汁は白色のきれいな液体となり ます。母乳の量とそれに含有される栄養成分は、嬰児の成長 にしたがって増加し、一日に1000CCから3000CCに達 します。このように母乳というものは、その質が非常に高く、 量も充分で、清潔であり、温度もちょうどよいので、非常に 便利で経済的なものです。ですから、嬰児にとって、もっと も理想的な食物であると言えます。しかし産後6ヶ月をすぎ ると、母乳の量もその栄養成分も徐々に少なくなってきます ので、これ以降、嬰児は、副食によってその栄養を補給する 必要が出てきます。

乳汁は血から化し気によって統括されているものです。産婦 の脾胃の気が強健であれば、血を生ぜしめて乳汁に変化させ るその、根源が充実しているということになります。《諸病 源候論・婦人産後乳汁溢候》には、『婦人の手の太陽・少陰 の脉は、上って乳汁となる』とあります。また《景岳全書・ 婦人規》には、『婦人の乳汁は、衝脉・任脉の気血が化した ものである。』として、乳汁の生成と気血との関係について 指摘しています。産婦の精神状態・睡眠・飲食・栄養・疲労 ・服飾・疾病それに嬰児の泣き声は、ともに乳汁の量と質と に深い影響を与えます。《儒門事親》には、『啼〔訳注:て い:感動のあまり、涙を流し、声を出して泣くこと〕・哭 〔訳注:こく:悲しみのあまり大声をあげて泣くこと〕・悲 ・怒・気の郁結などによって、あるいは気が溢れ、あるいは 気が閉塞して、乳脉が循らなくなる。』とあります。このこ とからも、婦女の哺乳期に保健的な配慮を充分にすることが、 嬰児に充分な乳汁を提供する上で、いかに重要であるか理解 できると思います。






産褥期の復旧過程



胎盤が娩出されると子宮内部の筋肉はすぐに収縮を開始します。こ の時、腹部に触れると、臍と同じ高さで堅固な子宮の実質に触れることが できます。これがまさに収縮し始めようとしている子宮で、その重量はだ いたい1000gになります。子宮の筋肉が収縮することによって、子宮 底が日に1~2cm下降していき、10~14日後には骨盤腔の中に収まっ て、腹部を按じても触れることができなくなります。出産後2週間のこの 時期、子宮の重量はすでに350gにまで減少しており、6週間目に入る と子宮は妊娠以前の状態にまで回復します。その重さはだいたい60~8 0gです。子宮口は10日後には完全に閉じています。けれども、分娩に よる損傷によって、出産前には円形だった子宮口は、横に裂けたような形 に変っています。







陰道は分娩によって緩んで広がりますが、出産後にはその張力は徐 々に回復してきます。しかし、妊娠前の状態に完全に戻ることはありませ ん。もし助産が不適切であったり出産が急すぎると会陰が裂けることがあ りますので、縫合して修復させます。処女膜は、分娩時に完全に裂かれま すが、また少し残る場合もあります。

産後の腹壁の緩みは、少なくとも4週間ほどで回復します。また皮 膚には半永久的に妊娠紋が残る場合があります。

ですから、産褥期には身体を調え養うことに重点をおき、栄養と休 息を充分とらなければなりません。もしそれができなければ産後の復旧に 直接的に影響がおよび、さまざまな疾病が引き起こされます。もし産後の あまりにも早過ぎる時期に労働したり重いものをもったりすると、子宮脱 垂などになりやすくなります。









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