《石山医案》の営衛






《石山医案》汪機(1463年~1539年)


《石山医案》は明代の名医、汪機(汪石山)の医案集です。ここに採録した論は易水学派の宗である李東垣の説と、河間学派の雄である朱丹渓の説との間にある矛盾を解決しようと試みたものです。陰陽を統一的に把握しようとする医家の試みの中でも誠実な部類に入るものであると思います。ただ、後代、張景岳が出て、朱丹渓および河間学派は徹底的に批判されていますので、景岳以後の時代を見ているものにとっては、すでに終わった論でもあります。古人はこのように過去の名医の論を大切にしながら自身の論を立てていたというあたりのところを読んでいただけると嬉しいです。









ある人がさらに言われました。人は天の陽を稟けて身体の陽としますから、陽は常に有余し補われる必要がありません。それなのにどうして方書には補陽の説があるのでしょうか?

私は答えて言いました。陽が有余するとは衛気のことを指しているものです。衛気はもとより補われる必要はありません。しかし営の気もまた陽と言います。この気は虚したり満ちたりしますので、虚しているものを補わなければ気はますます虚してしまいます。経に、『虚すればすなわち着いて病となります』とあるものがこれです。

人は、働くことによって気を消耗し、悲しむことによって気を消尽し、恐れることによって気を下し、怒ることによって気を上らせ、思うことによって気を結ばせ、喜ぶことによって気を緩ませます。日々の生活とはこのように気を使うものですが、これらはすべて気を傷るものです。人の有限の気は、この日々の損傷にさらされていますので、虚せしめまいとしてもなかなか困難なのです。虚しているものを補わなければ、気はどうやって立ち行くことができるでしょう?







ある人が聞かれました。朱丹渓は、『人身の虚とはすべて陰虚です。もし陽虚となった場合には、暴絶して死んでしまいます。これが陽を補う必要がない理由です。』と述べています。また『気には補法はありません。世俗の言葉です。』と述べています。気虚を補わなければどうやって立ち行くことができるでしょうか?という言葉は、気もまた補われるべきであるということでしょうが、これは朱丹渓の言に反する言葉ではないですか?

私は答えて言いました。経に『衛気は水穀の悍気です。慓疾で諸邪を受けないものです。』とあります。これは陽が常に有余して補われる必要がないということを意味しています。朱子は、『天の陽気は健行にして息むことがないため、楼閣は地を得て中間に位置することができます。けれども一瞬でも息んだり止まったりすると、地はすなわち陥没してしまいます。』と述べています。これは朱丹渓の、『陽虚となった場合には、暴絶』するという言葉と同じ意味であり、これは理の当然です。陰気がもし虚すと、陽もまたその着くところがなくなり飛び散ってしまうわけです。ですから、『天は形に寄り付き、地は気に寄り付く』と言われているのです。朱丹渓は『陰が先に虚すと陽が暴絶します。これで陽もまた陰を頼っているということが理解できます。』と述べています。朱丹渓が補陰を重視している理由がこれです。







経に、『営気は、水穀の精気であり、脉内に入ります。脈拍と呼吸とは相応じます。』と述べられています。これはすなわち、陰気が必ず満ちたり虚したりするので補われなければならない、ということを意味しているものです。

分けてこれを言えば、衛気は陽であり、営気は陰です。合してこれを言えば、営陰が衛気の陽を稟けなければ、昼夜を営み関節を利することができないということになります。古人は営の字の下に気という一字を加え、衛はもともと陽ですけれども、営もまた陽であるということを示しました。そのため『血と気とは、名は異なりますけれども同じ類です。』と言われているわけです。陽を補うとは、営の陽を補うことであり、陰を補うとは、営の陰を補うことです。また各経脉はこれらをそれぞれに分けて受け取るため、気が多く血が少ないもの、血が多く気が少ないものなどがあるわけです。

もし邪があたって経脉がそのバランスを崩すと、臓腑のバランスも崩れることとなります。ここにおいて、《内経》が作られ、医道の興る基となりました。

たとえば天の日と月とはともに大気の中にあります。分けてこれを言えば日は陽であり、月は陰です。合してこれを言えば月は陰ですけれども、日の陽を稟けなければ、世界を照らすことができません。そのため古人は陰の下に気の一字を加えて、陽はもともと気ですけれども、陰もまた気であることを示したのです。このゆえに、『陰中に陽があり、陽中に陰があり、陰陽は同じ一つの気です』と述べられているのです。周氏〔訳注:周濂渓:1017年~1073年〕は、『陰陽は一つの太極です。この気は満ちたり虚したりしますがそれは、月が丸くなったり欠けたりするようなものです』と述べています。このことはつまり聖人は裁可することで輔相を作り、医家の用薬に損益〔訳注:補瀉〕の理論がある、ということにつながります。人参や黄耆における補気とは、営気を補うことであり、営気を補うとはすなわち営を補うこと、営を補うとはすなわち陰を補うということなのです。つまりは、人身における虚とはすべて陰虚であるということになるわけです。







経に、『陰が不足するものには、これを補うに味をもってします』とあります。人参・黄耆の味は甘く、甘味は血を生じるわけですから、まさに陰を補うことにほかなりません。また、『陽が不足するものはこれを温めるのに気をもってします。』ともあります。人参・黄耆の気は温ですから、陽を補うこともできるわけです。このゆえに仲景は、『気が虚し血が弱っているものは、人参でこれを補います』と述べているのです。つまり、人参と黄耆とは、ただ陽を補うだけでなくまた陰をも補うわけです。

李東垣は、『血が脱したものには気を益します』と述べ、仲景は『陽が生ずれば陰は成長します。』と述べていますが、これもまた同じことを語っているものです。世の中の人々は、人参と黄耆とは陽を補うけれども陰は補わないと言っていますけれども、考慮が足りないと言わなければなりません!







私は、天の陽気は宇宙の外を包括しているものであると思います。《易》の天行健がそれであり、《内経》の『大気がこれを持ち上げています』とあるものがこれです。この気がどうして虚すことがあるでしょうか。もし虚すれば充満することができないではありませんか。天の陰は、集まって形をなしています。形はすなわち地の坤です。このため、『天は形に依存し、地は気に依存します。』と言われているのです。つまり、人身における衛はすなわち天の乾であり、人身における営はすなわち地の坤なのです。営は臓腑の内を移動するもの、営気は天地の中に発生した気です。このため、気と質とで語れば、衛気は陽であり形質は陰です。内と外とで語れば、衛気は外を護衛し陽であり営気は内を栄養して陰です。さらに細かくこれを分ければ、営の中にもまた自ずから陰陽があります。いわゆる、「一陰一陽は互いをその根とします」とあるのがこれです。

もし、営が衛に配されていることにこだわって、営を純陰とすると、孤陰は成長しないわけで、臓腑を栄養することなどできるわけがありません。

経に、『営は血です』とあります。血は水です。朱子は、『水の質は陰であり性は本来陽です。』と述べています。つまりは、営も純陰ではないということです。いわんや気は水の母です。天地の間にあって質のあるもので、満ちたり虚したりしないものはありません。質があって満ちたり虚したりしている血中の気もまた、満ちたり虚したりすることから逸れることはできません。ですから、朱丹渓の補陰を主とするということは、とうぜん営を補うということであり、李東垣の補気を主とするということは、これもまた営を補うということなのです。営という言葉で血と気とを兼ねるためこうなるわけです。







2005年 4月24日 日曜   BY 伴 尚志


一元流
難経研究室 営衛論