もうひとつの内容分類



広岡蘇仙は、《難経》の各難の並んでいる順序にそって素直に、その内容を述べています。ここではそれと対置させる形で、《難経校注》凌耀星〈人民衛生出版社 1991年刊〉による《難経》の内容分類をあげておきます。この《難経校注》は、現代中医学における難経研究において、一つの頂点をなすものであると私は考えています。《難経鉄鑑》と相互に参照することによって、《難経》に対する見方が多少なりとも自由度を増せば嬉しいです。







  1. 診法:一難から二一難、六一難

    《難経》における診法の記述は、全書のうちの四分の一を占めています。中でも脉診に関する記載が多いことはいうまでもありません。

    1. 寸口の脉は脉診の中心となるものであり、生気の原に関わる。そのため、脈診を行う場合にはただ寸口の脉を用いるだけで、臓腑気血の正常・異常と、疾病の予後とを判断することができる。

    2. 寸口の脉は寸関尺と浮中沈という三部九候の脉診の位置を定める。また、その各部位の長さ、按ずる重さの軽重も定める。

    3. 寸口の脉診には、三種類の診方がある。一つは、浮中沈と五臓との関係。一つは、寸関尺と十二経脉との関係。もう一つは、呼吸と脉状によって、五臓との関係を図る診方である。

    4. 脉は陰陽に分ける。たとえば、尺と寸・沈と浮・遅と数・短と長・澀と滑など。

    5. 脉には五臓・男女の別があり、四季と感応し、胃の気を本としている。もし、脉に胃の気がなかったり・臓に対応していなかったり・四季に感応していなかったり・太過不及があったり・拍動が滑らかでなかったり・男女の別が混乱していたりする場合は、これらを病脉であると考える。そのはなはだしいものは死脉である。

    6. 望聞問切の四診には、それぞれの特徴があり、それぞれに診断意義がある。脉診をする場合も、必ずその他の診方を参照し応用することによって診断をしていかなければならない。






  2. 経脉:二二難から三十難、四六難、四七難


    1. 経脉中の営衛気血のもととなるものは飲食物である。営は脉中を行き、衛は脉外を行く。陰陽が互いに連なりあい、輪に端がないような状態である。営は全身をめぐり、寸口人迎に収束しており、百病はそこにあらわれるので、死生をそこで決断することができる。

    2. 十二経脉は六臓六腑に分けられそれぞれに属している。そのうち、心主と三焦とはその名はあるが形はない。手足の三陰三陽の流注と走向とには一定の法則がある。頭は諸陽が集まる所なので顔は寒さをこらえることができる。人が眠るということは、経脉の血気の盛衰や営衛の運行と関係がある。十二経脉が邪を受けると、先に気を病む、これを是動病という。後に血を病んだ状態を所生病という。手足の三陰三陽の経気が絶えるとさまざまな症状を呈することとなるので、それによって、吉凶を知ることができる。

    3. 十五絡脈とは、十二経それぞれに対応する絡脈十二に加えて、脾の大絡・陽蹻陰蹻である。

    4. 奇経八脉の名称・起止・循行分布・病候。また、奇経八脉は十二正経との関連性はあまりない。十二正経の気血が溢れたりした時など、その調節を行う。

    5. 人体全体の大経脉は十二正経・任脉・督脉・両蹻脉に包括され、その長さは十六丈二尺である。






  3. 臓腑:八難、三一難から四七難、六六難

    臓腑の部分では、臓腑の解剖生理と機能との関係について述べられている。


    1. 五臓は五行に分けられ、それぞれが自然界の事物・四季・方位・人体そのものの組織や器官との広範な関係を持っている。

    2. 五臓の形態、重量や蔵するもの。口唇から肛門に至るまでの消化器官の部位と形、七衝門の名前。

    3. 三焦を六腑の一つとし、名前はあるが形はないとする。三焦を上中下に分け、それぞれの位置と機能を述べる。三焦は原気の別使であり、三焦の原は腎間の動気にある。腎間の動気は生命の根本であり、すなわち十二経脉五臓六腑の根本、呼吸の門、守邪の神である。

    4. 腎には二つあり、左を腎、右を命門とし、両者は感応していると考える。命門は、精を蔵し・胞をつなぎ・精神を舎し・原気につながる。






  4. 疾病:十六難。四八難から六十難

    疾病の部分では、病因・病理・弁証・病症について考察が加えられている。


    1. 病因において:風寒暑湿熱といった外因、憂愁思慮怒りといった心理的要素、それに飲食の不摂生・労働過多などがあげられている。病因が異なれば傷られる臓腑も異なる。そのことから、正経自病と五邪所傷という二種類の質の異なる疾病を取り上げ、それぞれ例をあげて解説している。

    2. 病理において:疾病が発生するとそれはさまざまな変化を起こす。病理において虚実があり、病勢において出入緩急があり、病位において臓腑表裏がある。臓病と腑病とは相互に転化する。一般的には、腑病は治しやすく臓に入ると治しにくくなる。相生関係で伝わるものは治しやすく、相勝関係で伝わるものは治しにくい。

    3. 弁証において:望聞問切の四診を用いて病人の外症内症色臭声味液といった方向からその異常の有無を詳細に観察し、病人の好き嫌いを把握して、それらを弁証を組み立てる上での客観的な根拠とする。弁証方法としては、虚実弁証と臓腑弁証とが呈示されている。






  5. 兪穴:四五難、六二難から六八難

    兪穴の部分では、五兪穴・原穴・会穴・兪募穴といった重要な兪穴について考察が加えられている。


    1. 十二経脉それぞれに、井栄兪経合の五兪穴について、気血の流注状況と主治について述べられている。陰経における五兪穴と陽経における五兪穴とでは、属する五行が異なっている。

    2. 十二経脉にはそれぞれ一つの原穴がある。陰経六経脉の原穴は兪穴と同じである。原穴とは、三焦の原気が留まって活動する場所であり、それぞれの経脉が主る臓腑の疾病を主治する。

    3. 八会穴とは、人体における臓・腑・筋・髓・血・骨・脉・気それぞれが会する穴のことであり、裏にある熱病を主治する。

    4. 兪穴と募穴:五臓の兪はすべて陽にある。背部は陽なので、兪穴は皆な背にある。このため、背兪ともいう。五臓の募は皆な陰にある。腹部は陰なので、募穴は皆な腹部にある。






  6. 鍼法:十二難、六九難から八一難

    鍼法の部分では、刺鍼治療を行う上での原則や方法について考察が加えられている。


    1. 刺鍼治療は、経脉の陰陽表裏や営衛の流れにもとづいた迎隨の手法が採られている。虚はこれを補い、実はこれを瀉すということが基本的な治療原則であり、実を実せしめたり虚を虚せしめたりといった、不足のものをさらに損なったり有余のものをさらに益したりする事は厳しく批判されている。

    2. 刺鍼治療においては疾病の伝変のしかたをしっかり把握し、たとえば肝が病んでいればまず脾を先に充実させるというように、疾病が伝変しないよう予防的な措置を講ずることもある。

    3. 刺鍼における選穴・深さ・手法においては、四季・疾病の部位・営衛の補瀉といった問題をよく整理し、兪穴の部位とその機能および男女の違いを頭に入れておかなければならない。

    4. 一般的には刺鍼治療は病んでいる臓腑や経脉そのものに対して行われる。この外、五行の相剋関係に本づいて、実している場合にはその子を瀉し、虚している場合にはその母を補うとか、東方が実して西方が虚している場合には、南方を瀉して北方を補うといった方法や、先補後瀉といった治療方法が呈示さえている。

    5. 刺鍼においては経脉中の経気の去来によく気をつけなければいけない。また、刺鍼をする際の左右の手の使い方に気を配り、按圧・弾努・爪切・揺動・推内・引伸といった手技を用いて、経気を動かし引かなければならない。






2000年 5月21日 日曜   BY 六妖會




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