第十六節 薬剤補血気




薬性には補気 補血があり、わずか一銖一銭の薬剤だけで、精血を補い気火を生じさせることができるのはどうしてなのでしょうか。世の中の医者はこのことを明確に理解することができないまま、気薬は気を補い潤剤は精血を補うということだけを頼りにして漫然と用いています。私はこのことを考え続けて長い日月を経、やっとその理の一端を理解することができました。







天地万物は何によるものかというと、陰陽によります。陽が生ずれば気火が生じ、陰が生ずれば精血が生じます。薬が気火 精血を直接生じるわけではありません。陰陽を生じさせることができるため、気火 精血を生じさせることができるのです。

ではその陰陽とは何のことを言うのでしょうか。たとえば太陽がまだ出ていない早朝に、私は人に「今日の天気はどうなるでしょうねぇ」と聞くと、答えるものは天を仰いで考えて、あるいは晴天、あるいは雨天、あるいは晴天であってもすぐに雨が降るでしょう、あるいは晴天が続くでしょう、あるいは雨天であっても晴れるでしょう、あるいは長く雨が続くでしょう、などと答えます。このような会話はいつもしていることです。では、晴天か雨天かを予測し、あるいは長雨か、あるいは晴天が続くか、あるいは近く雨が降るか、近く雨が上がるかどうやって予測しているのでしょうか。そのことを聞いてみても、本人でさえも理解できません。言うことはできず、それを理解することもできません。言うことはできないわけですけれども、その心に自然とこれを予測し、晴天や雨天や、近く雨が降り近く雨が上がるということを占って話すわけです。私もその人もその理由を理解しているわけではありませんが、心に浮かんだことを答えているわけです。

これは仕方のないことで、陰陽は形のない気のようなものです。この無形の気を心では理解できるのですが、言葉にすることはできません。ですから理解していても理解していないようなものなのです。天気を占って、晴天であるか雨天であるかといったことは、陰陽にしたがってこれを予測しています。心が自然に陰陽に通じて、陽であると占えば晴天であると理解し、陰であると占えば雨天であると理解するわけです。心が自然に通じて理解できたところが陽であれば、天気は晴れ太陽は輝いています。心が自然に通じて理解できたところが陰であれば、天気は曇り雨が降ります。







人身もまたこのようなもので、陽であれば気と火があり、陰であれば精と血があります。薬剤もまた同じで、陽薬は陽を生じて気と火を生じ、陰薬は陰を生じて精と血を生じます。心が自然に通じて晴天か雨天かを予測するのは、太虚の間〔訳注:陰陽が充満している虚空、天地、宇宙〕に満ちている陰陽を察しています。あらゆる物がこの陰陽を受けています。薬剤が気や火や精や血を生ずるということもまた、その受けるところの陰陽の厚薄によるものです。陽の和を受けたものはこれを用いて気を生じ、陽の烈しさを受けたものはこれを用いて火を生じます。陰の厚さを受けたものはこれを用いて精を生じ、陰の薄さを受けたものはこれを用いて血を生じます。薬はただ陰陽を生じさせるだけで、薬が気火 精血を直接生じさせるわけではありません。

人の心が自然に通じて晴天になるだろうと占うところの陽があれば、天気が晴れて太陽が輝き温暖になると同じように、陽を受けた薬剤を服用すれば、その薬中に存在する陽を身中に発見して、その陽から気を生じ火を生じます。また人の心が自然に通じて雨天になるだろうと占うところの陰があれば、雲が起こり雨が降るのと同じように、陰を受けた薬剤を服用すれば、その薬中に存在する陰を身中に発見して、その陰から精を生じ血を生じます。







薬剤が気火 精血を直接生じると考えているため、一銖一銭の薬剤を用いて精血気火を補う際にたくさんの疑いをもつわけです。十日の雨天であっても、少しの晴れ間が広がってついには全天晴天となります。天に雲一つなく清明であったとしても、わずかの黒雲が広がってついには全天雨雲で満たされます。薬剤は銖銭と少ないわけですけれども、これによって陰が生じ陽が生じれば、陰陽が腹内に満ちて、気火精血を全体に生じさせます。ですから本草には、陰中の陰 陽中の陽 陽中の陰 陰中の陽を論じているのです。これは薬性の根源であり、医家の大要です。最近の医学はその末を求めて本を求めません。治療を施しても効果が出ることが稀なのは、このあたりに理由があります。

地黄のようなものは陰中の陰です。その色は黒く、その質は湿って重い。極陰であることが理解できます。ですからこれを服用すると、人身の陰を生じ、陰が生じることから精血を生じるわけです。天に黒い雲が蔽っていると、雨が必ず降るということと同じです。附子はその色は黒いですけれども味は辛く、その質は乾いて湿っぽくありませんので、陰中の陽とします。ですからこれを服用すると、人の陰中に陽を生じて下焦の腎中の陽火を生じます。医者はただ、地黄は精を補い、附子はただ命門の火を生じるとだけ心得ていて、どうして精血を生じ、どうして火を生じるのかという、本の理を理解していません。ですからややもすれば治療の誤りも少なくないわけです。



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